兵庫縣神戸護國神社(令和8年9月)

 

初参拝はお礼参り

昨年(令和7年)9月、

大阪・関西万博へ行った次の日に、

兵庫縣神戸護國神社への参拝を

予定していました。

それを受け、妻が事前調査的に

神戸護國神社をYouTubeで見ていた時、

大阪護國神社がオススメ動画で上がり、

妻が行きたいと言った事で、

場所を調べてみると

万博会場にも近いことが判明、

結果、大阪護國神社には、

参拝出来たのですが、

翌日に予定していた、

肝心の兵庫縣神戸護國神社へは、

時間が押してしまい、

行けなかったのです・・・

このような経緯もあり、

大阪護國神社に参拝する

きっかけを与えてくださった

兵庫縣神戸護國神社には、

1年前から、

「お礼参りに行かないとね!」

妻とこんな会話をしていました。

それが叶ったのが今回の参拝で、

初参拝ながらも、

勝手に「お礼参り」となったのです(笑)

由緒

まずはパンフから。

表面。

祭典で気になるのが、

「四月二十九日

大戦殉難 北方異民族慰霊祭」です。

気になって調べると

GoogleAIの回答は以下でした。

「兵庫縣神戸護國神社では、

第二次世界大戦中に旧日本軍に召集され、

戦地やシベリア抑留などで犠牲となった

北方少数民族

(ウィルタやニブヒなど)を弔うための

「北方異民族慰霊祭」が

毎年行われています。

日露戦争で得た、

南樺太の日本領土の中で、

日本人と認められず、

戸籍も貰えたかった先住民が、

日本軍に召集され、

戦後はソ連からスパイとして連行され

10年以上も抑留されるという、

言葉に尽くせない悲劇があったのです・・・

全く知りませんでした・・・

神社には慰霊碑もあったようですが、

参拝はしていません。

調べると、北海道網走には、

資料館があるので、

こちらが大いに気になっています。

以下要約です。

「御祭神 兵庫県下の

当神社管内出身戦没者5万余柱の英霊

戦没者の慰霊祭は臨時に祭場を設けて、

招魂祭が斎行されていた。

後に関西学院跡地約3千坪に

素木流造の社殿が建立され、

昭和16年6月25日

内務大臣指定の護国神社に列せられた。

昭和20年6月5日戦災似合い、

昭和34年11月に

現在の地に新社殿が復興された。

平成七年の阪神淡路大震災では、

社務所半壊など大被害があったが、

平成八年に復興した。」

参道

兵庫縣神戸護國神社には、

無料駐車場が完備されていて、

車移動の僕たちには、

実にありがたいものです。

社頭。

一の鳥居。

由緒。

内容はパンフと同じです。

狛犬・阿形。

「ザ・護國神社」といった

迫力みなぎるデザインですね!

吽形。

こちらは淡路島、

伊弉諾神宮の「くにうみ神話祭」

(神楽)の案内です。

僕たちはひと月前、

福岡縣護國神社で、

八岐大蛇の神楽を見たばかりなので、

思わず反応してしまいました(笑)

さらに上へ。

地球儀が置かれた手水鉢。

今は現役ではないような・・

昭和三十四年、

67年前、

僕たちが生まれた年の奉納です。

ご縁があるのかな?(笑)

拝殿前で、

妻が雄叫びを。

「あれ、見て!」

実はこの後、紫電改ゆかりの

加西市、鶉野飛行場跡の

「soraかさい」へ行ったのですが、

このナンバーは、

紫電改と大いに関係するのです。

終戦間際に結成された三四三戦闘隊と

今年慰霊碑にお参りし、

機体が引き上げられた

林善重大尉のイニシャル「H」が

重なっているのですよ!

間違いなく、

ここに林大尉はいたのでしょう・・・

拝殿。

参拝。

1年越しで、

遂にお参りできました!(笑)

こ綺麗にまとめ置かれた授与品。

末廣稲荷社

本殿参拝後、

右隣の稲荷社へ。

赤い鳥居が三本。

これもシンプルで、

いい感じです。

本殿へ。

参拝。

御朱印

参拝前に授与していましたが、

流れ上(笑)ここで御朱印の話題に。

御朱印は拝殿向かって左の

社務所で授与されています。

「くにやすらかに」

この言葉がすべてでしょう。

ご英霊の皆様もどうか、

やすらかに・・・

ツーショットで参拝は完了、

この後は先ほど書いた、

「soraかさい」へと向かいます。

 

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