石見銀山世界遺産センター(4)

 

権威

石見銀山世界遺産センターは、

石見銀山が世界遺産になったからこそ

建てられた施設です(多分)。

良し悪しは別として、

「世界的権威」というものは、

それほどの影響力があるものです。

素晴らしい所なんだけど、

世の中に知られていない・・

だから、観光客も来ない・・

予算がつかないから維持もできない・・

そしていつしか忘れ去られる・・

そんな悔しい遺構もあるはず。

僕たちが二日間に渡って

石見銀山を大いに楽しめたのは、

やはり石見銀山が、

世界遺産に登録されたという

「権威」のお陰とも言えるでしょう。

常設展示

とにかくここの展示は、

中身が濃くて、

なかなか見終わりません(笑)

石見銀山、福石鉱床の坑道模型。

網の目のように張り巡らされ、

外から見ただけでは

全く想像がつかない世界です。

鉱石。

「石見銀山の鉱脈」

案内を書き出すと、

以下になります。

「石見銀山には二つの鉱床があります。

ひとつは仙ノ山西側の深い所にあり、

銀と銅を含む「永久鉱床」です。

もうひとつは

仙ノ山山頂東側の高い所にあり、

高品位の銀を含む「福石鉱床」です。

石見銀山の鉱脈は、鉉(つる)とよばれ、

大小およそ50本の鉉が

あったといわれています。

福石鉱床には、数ミリから数センチの

細い鉉とその周辺部に銀が含まれ、

永久鉱床では、

幅三十から九十センチの鉉に

金銀銅が含まれていました。」

「台湾とのつながり」

台湾の黄金博物館との

交流が紹介されています。

「新北市立黄金博物館」の紹介。

藤田組(現DOWAグループ)と

石見銀山との関わりの紹介です。

藤田組創業者の藤田伝三郎さんは、

山口県萩市の出身で、

高杉晋作の「奇兵隊」に参加し、

幾多の戦火をくぐり抜けてきたそうで、

やはりその「気骨・気概」が、

現在のDOWAグループにも

通じているのかも知れません。

「小坂鉱山産 黒鉱」

ケータイ電話のリサイクルの流れ。

「都市鉱山」って表現があるんですね!

「銀塊 30kg

持ち上げてみよう!」

そう書かれると、

やらない訳には行きません(笑)

持ち上げられない妻(笑)

「ズリ ー坑内からの廃棄物ー」

案内を要約すると以下になります。

「坑内から排出される不要な岩石を

ズリといいます。

石見銀山の開発初期には、

さまさまな場所で

再利用されていましたが、

後に山のように積まれて

廃棄されることが多くなりました。

ここに展示しているズリ山からは

灰吹銀が見つかっています。」

実物大「ズリ山」のパネル。

「宮ノ前地区の発掘調査」

案内は以下になります。

「発掘調査により戦国時代から

江戸時代初めを中心とした

道路跡や建物跡が発見され、

建物跡の一つに、

24基もの炉跡が集中した

製錬専用の工房跡がありました。

工房跡の遺跡表面を剥ぎ取り、

模型としています。」

「丁銀について」「丁銀のつくりかた」

そして、

この横にあるパネルに注目!

「黒田長政のサイン入り丁銀」

これ、かなり貴重ですね!

そして、

いつ見ても黒田長政の兜は、

レーダーアンテナみたいで、

空気抵抗が多そうです(笑)

福岡市博物館のブログによれば、

このデザインは、

源平合戦の鵯越ひよどりごえ逆落さかおとしの

故事で知られる

一の谷の急峻な崖を表していて、

その名前も、

「銀箔押一の谷形兜」と書かれています。

ん?「銀箔」・・・!

もしかして、その銀は石見銀山で

採れたものだったかも知れませんよ!!

長政さんにまつわる

凄いものを見たところで、

展示場の見学は終了し、

次は大森町中心部へと向かいます。

 

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