北条氏墓地のスギ(熊本県南小国町)

 

満願寺

「北条氏墓地のスギ」は、

広大な敷地を持つ

満願寺というお寺の

境内の一部にあり、

Wikipediaによると

「小国郷は鎌倉時代に

北条氏の所領となった。

満願寺は文永11年(1274年)、

文永の役の際、鎮西奉行北条時定が

国土安泰を祈願して建立したと伝える。」

このように記されています。

だから北条氏墓地も

ここにあるという訳です。

地蔵堂

駐車場が分からなかったのですが、

満願寺から細い道を進んでいくと

突然サッカー場のような広場が現れました。

この広場の奥に見えるのが、

北条氏墓地のスギ(群)です。

巨木の全景を見られるなんて、

なんとラッキーな事なんでしょうか!

スギの巨木は多くが森の中に生息し、

近くを配下?の木々に囲まれ、

その全景を遠くから眺め見るなどという

贅沢な事は言ってられませんから(笑)

スギ群の右側に見える赤茶色の

銅板葺き屋根の建物が地蔵堂で、

スギを見る前にまずは、

こちらに参拝します。

今から40年以上前、

昭和52年(1977年)に設置された

「木造地蔵菩薩立像」の案内板は、

かなり年季の入ったものですが、

文字はしっかりと読めます。

「地蔵堂は南北朝の戦乱期に

平和祈願の道場として、

貞治六年(1367年)の建立され、

この中には、南北朝時代の作とされる

木造地蔵菩薩立像の他、

室町時代建立の金剛力士像二体、

六地蔵五体もおさめられている」

案内を要約してみましたが、

ここには素晴らしいものがあるんですね!

公開されていませんが、

出来れば写真付きの案内版を

設置したらどうでしょうか?

しかし、予算が無いのでしょう。

寄付する力は僕にはないし、

代案がないので提案は見送りです(笑)

満願寺は境内の中だけで

(と言っても山あり谷ありですが)

88ヶ所巡りが出来、

その88ヶ所目が地蔵堂のすぐ横です。

北条氏墓地

県指定史跡にもなっている

鎌倉時代に作られた、

北条氏石塔群(お墓たち)は、

地蔵堂から歩いてすぐの場所です。

「熊本県史跡 満願寺石塔付杉群」

と書かれた石柱。

この石に刻まれているのは、

後ろのお墓に眠る

北条氏三名の名前と

その没年月日です。

これもお墓同様に

鎌倉時代のものだとすれば、

凄いものを見た事になりますが、

「かなり古そう」という感覚だけで、

何の根拠もありません(笑)

真ん中が、北条時定、

左が、北条定宗、右が、北条随時の墓。

そして、またもや妻の一言、

「みんな後ろに丸い石が付いてる」

なるほど!

五輪塔を見守るように、

後ろには丸い石が配置されています。

こちらにも付いています。

やはり、こちらにも。

丸い石の意味は、いったい何でしょう?

人の魂でも表しているのでしょうか、

それとも守護神でしょうか・・・

疑問を解決する糸口も見えないまま

もう一度案内板を見返してみると

「背後に宝形があるのは特異な様式」

と書かれているだけ(汗)

そうです、要するに

特異な様式なんですね(笑)

脇にあった別の石塔も撮影。

スギ群

スギはメインの一本以外にも

「スギ群」として何本ものスギが、

お墓の前を守る形で生息しています。

妻とスギ。

実は妻が立っているスギよりも

左端のものが、

スギ群の中では一番大きく、

目通り(地上1.3m)が、

7mほどあり、案内板には、

お墓を作った同時期に

植えられたとされています。

ということは、

樹齢700年以上でしょうか・・・

一番大きなスギ。

空中を写すとスギが「群」である事が

よく分かりますね。

この次は、山を登り、

「満山神社のスギ」へと向かいます。

 

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