上野東照宮(東京都)金色殿

 

ネーミング

上野東照宮では、

拝殿・幣殿・本殿の三つを総称して

金色殿こんじきでん」と呼ばれています。

なんだか、

中尊寺の金色堂みたいですが、

確かにそれと同じく、

金色に輝いています。

名前を聞いただけで、

誰もが簡単に

物の本質を理解出来るのは、

訪問する側にとって、

実にありがたいことですね!

そして、

目の当たりにした「金色殿」と言えば、

想像以上に「金色に輝く御社殿」でした。

二つの御神木

金色殿周辺の「有料ゾーン」では、

樹齢600年と言われる

大楠の御神木を見ることができます。

入り口付近の虎の親子の石彫。

家康さんの干支繋がりですね。

玉砂利横の通路を歩き、

御神木鑑賞・撮影スポットへ。

お〜立派ですね!

僕が見たかった御神木は、

この大楠だけだったのですが、

神社さんの案内板で、

もう一つの御神木を知ったのです。

「静心所と御銀杏」

「社殿に至るコの字型の奥参道の内側は、

樹齢600年を超える御神木を中ことした

く祈りの庭>です。

この静心所は拝観前に御神木と対面して

心を静め落ち着かせるための建物です。

静心所の屋根架構材には、

このすぐ脇にあった

大きなイチョウの木(御無香)を

用いています。

イチョウの葉は燃えにくい特徴があり、

延焼防止のため創建当初

境内各所に植えられました。

高さ約30メートルにもなるこの御銀杏は

御神木と共にこの地を

見守っていた歴史があり、

その枝には

フクロウが住み着いておりました」

これに続き、

伐採された経緯や屋根の構造、

デザインなどが記述されています。

御神木に第二の生命を吹き込んだ

神社さんの御神木への愛情に、

感動してしまいます・・・

御銀杏の庇が設られた静心所から

御神木の大楠を望む。

大楠と、その向こう側、

御銀杏の御神木が使われた静心所。

現役&第二の人生の御神木で、

金色殿へ向かう参拝者の心が、

整うことは間違いなしですね!

栄誉権現

金色殿へのはやる気持ちを抑え、

まずは、

透塀(すきべい)外の境内社へ。

ここにも沢山の石灯籠が

安置されています。

栄誉権現に到着。

案内を書き出すと

「四国八百八狸の総帥。

奉献された大奥で暴れ追放後、

大名、旗本諸家を潰し、

大正年間本宮に奉献された悪業狸。

他を抜く(たぬき)

強運開祖として信仰が厚い。

縁起日は五の日。」

このようになります。

参拝。

御神体の狸さま。

ガラスの反射もあって

妻も参加しておりますが、

なんとか撮影に成功。

最後にふっと思ったのが、

徳川家康の「狸親父」という

あだ名です。

まさか、この狸さん、

家康さんではないでしょうね?(笑)

金色殿

そして遂に金色殿です。

極彩色が美しい

建立当時から残る透塀。

透塀の中へ。

ここに立っただけで、

金色の輝きに圧倒されます!

本殿にあたる後方から撮影。

真横。

動画でも撮影。

この時、偶然にもトンビが

上空を飛び去って行きました。

家康さんが鷹狩りを好んでいたので、

タカっぽい(笑)

トンビが来てくれたのかな?

左前方から。

どこから見ても輝いています。

社殿の案内を

抜粋すると以下になります。

「社殿外壁の彫刻は

鷹・鶴・鳳凰や獅子が

力強く表現されているほか、

松・菊・牡丹・芙蓉などの植物も

美しく施されている。

柱上部や彫刻周囲の文様は

置上彩色(おきあげざいしき)で

装飾されている。

胡粉を何度も塗り重ねて厚みを出し

その上から金箔を貼ることで、

文様が立体的に輝くよう工夫された

豪華な彩色方法である。」

贅の限りを尽くすとは、

このことでしょう!

参拝。

眼が眩むほど金色に輝く扉。

何回かテレビで見ましたが、

この中もぜ〜んぶ金色で、

とにかく

金尽くしな金色殿なのです。

唐門(金色殿側)

先に外からの唐門を見ていましたが、

金色殿側(内側)からだとさらに

彫刻などの鑑賞ができます。

唐門と透塀。

「唐門」

以下、案内です。

「1651年造営。国指定重要文化財。

正式名称は唐破風造り四脚門

(からはふづくりよつあしもん)。

柱内外の四額面には、

日光東照宮「眠り猫」で有名な

左甚五郎(ひだりじんごろう)作の

昇り龍・降り龍の彫刻があり、

毎夜不忍池の水を飲みに行くという

伝説がある。

偉大な人ほど頭を垂れるということから、

頭が下を向いている方が

昇り龍と呼ばれている。

扉には唐草格子、扉の上には亀甲花菱、

正面上部には錦鶏鳥・銀鶏鳥の

透かし彫りがあり

非常に精巧を極めたものである。

中央左右の透かし彫りは

諫鼓鳥(かんこどり)という

中国の故事に由来し、

皇帝が朝廷の門前に太鼓を置き、

政治に誤りがある時は

人民にそれを打たせ訴えを聞こうとしたが、

善政のため打たれることは無く、

太鼓の台座は苔生し鶏が住みつくほどで

あったと言う話に基づいている。

天下泰平の願いを

込めて彫られたと考えられている。」

彫刻の趣旨は、

日光東照宮の陽明門などと同じ

「平和・天下泰平」ですね。

戦国が終わった後に生まれても

実の弟、忠長を切腹させたりと

苦しい道も経験してきた

家光さんの思いが、

込められているのかな?

正面。

昇り龍。

降り龍。

諫鼓鳥。

太鼓。

出口近くに立つ

「きささげの木」。

案内を抜粋すると

「慶安四年(1651年)の社殿造営時に

雷除けの願いを込めて

植えられたと伝えられ、

樹診は三五〇年以上と言われています。」

このようになります。

江戸時代初期に

「避雷針」という概念が、

あったのでしょうかね!

金色殿前にてツーショット。

これにて

上野東照宮参拝は完了です。

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください