小村寿太郎生家(宮崎県日南市)

 

生誕地と生家

小村寿太郎の生誕地には

立派な石碑があるようです。

ようです・・・

そう、僕たちは行っていません。

都城から乗る、

帰りの列車の時間を考えれば、

飫肥・・いや日南での滞在時間は、

自ずと制限されてしまうので、

行きたいところを

かなり絞るしかなかったのです。

結果、車移動が必要な

小村さんの生誕地はカット、

そして、飫肥城小村記念館

すぐそばで徒歩で行ける生家は、

訪問という形になったのですが、

この生家、大正時代に、

現在の場所に移築されています。

やはり観光客が飫肥城などの

「ついで」に回れるようにと

考えての事だったのでしょうか?

しかし、そのお陰で僕たちは

こうして訪問が実現したのですから

大正時代のお役人さん、

英断だったと言えますね(笑)

小村寿太郎生家へ

小村記念館から

徒歩3分ほどの場所に、

生家は移築されています。

ついつい切込み接ぎの

美しい石垣に目がいきます(笑)

このあたりは飫肥藩士の

屋敷群があった場所だから

こんな石垣が残っているのでしょう。

(勝手な想像です)

生家の正面入口。

100年近く前に、

ここに移転されています。

生家全景。

見学は外側からのみですが、

自由に散策できるし、

僕たちの貸し切りなので、

有り難い限りですね。

離れになった裏の風呂場。

江戸時代の生家が

こんなに立派だとは!

裕福な家柄だったのかな?

外観だけなので、

思った以上にあっさりと散策は完了。

次なる目的地、

小村寿太郎のお墓近くの神社へ。

泰平踊

飫肥城前の駐車場に戻って

気づいたのが、こちらの案内です。

「泰平踊」

「飫肥城下では、元禄時代

(1688~1704)以前から

町衆によって盆踊りが踊られ、

武士の泰平踊へと発展した。

宝永4年(1707)、

飫肥藩と対立することが多かった薩摩藩が、

難破船の回送を助けられ、

和解を申し入れてきた。

以後、飫肥藩は

平和(泰平)の到来を祝って、

城下の武士にも盆踊りの参加を許した。

武士が踊ることで武芸十八般を型どり、

武家らしい優美な踊りを今に伝えている。」

案内には、このように書かれています。

そして、

そんな泰平踊をしている人を発見!

なんか妻の顔に似ています(笑)

 

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