樫野崎灯台(2019年夏旅)

 

日本最初の洋式石造灯台

Wikipediaによると

「樫野埼灯台は

日本の灯台の父と呼ばれる

リチャード・ヘンリー・ブラントンが

日本で最初に設計し、

1870年7月8日

(明治3年6月10日)に初点灯した

日本最初の石造灯台である。」

このように書かれていますから

150年近い歴史を持つ

貴重な灯台であることがわかります。

また、見た目も美しい

この白亜の灯台は、

吉野熊野国立公園にも位置し、

本州最南端である串本町の

素晴らしい風景に溶け込み、

僕たちの目を楽しませてくれます。

灯台へ

串本町紀伊大島の最東端にあるのが、

樫野崎灯台で、

トルコ記念館トルコ軍艦遭難慰霊碑

アタテュルク騎馬像の先、岬の先端に

位置しています。

樫野崎灯台全景。

案内板には航空写真も付いていて、

かなり詳しく紹介されています。

こちらは、

海上保安庁と燈光会の案内。

行幸記念碑もあります。

樫野崎灯台。

左側の螺旋階段は、

灯台に登れるように

後から付けられたものですが、

この階段のお蔭で、

灯台からの眺めが堪能出来ました。

近づくと石造りなのが、

よく分かりますね。

灯台上から。

両サイドが海になっていて、

ここが狭い岬の

突端であることがわかります。

エルトゥールル号遭難現場方面。

今は、ただ美しい海岸風景です。

紀伊半島方面海側。

ただ、見てるだけで、気持ちがいい!

近くの岩礁に打ち付ける波。

動画も撮影。

灯台をバックにツーショット。

これで、樫野崎灯台訪問は

完了・・・ではなく

この後、サプライズな出会いが

待っていたのです!

樫野埼灯台旧官舎

灯台敷地内に入るとすぐ右側に

あるのが、灯台守が常駐していた旧宿舎が、

明治の建設当初のまま残されています。

海側から撮影。

出入り口側。

国の登録有形文化財で、

貴重な文化財となっています。

来たときから、

ここに入ってみたかったので、

予定通り訪問しました。

暑さの為にかなり体力消耗していた

僕たちは、ようやく冷房の効いた

涼しい室内で、歴史を楽しめるのかと

思い込んでいたのですが、

さにあらず(汗)

入ると、いきなり室内の熱風が

僕たちを包み込んだのです。

冷房はおろか、いくつかある部屋は、

窓は閉められたまま、

もしくは窓の無い部屋で、

その上、入るとすぐに、係の男性が

部屋ごとの説明をしてくれて、

その懇切丁寧な案内を

全部聞いてからでないと

絶対にここから出ては

いけない雰囲気なほどに

男性の言葉には熱がこもっていて、

サウナ状態の中、僕たちは

30分以上にわたり滞在したのです。

男性のお話は、

リチャード・ヘンリー・ブラントンが設計を

していた部屋や、執事とのやりとりを

伝声管を使ってやっていたとか、

遭難したエルトゥールル号の乗組員は

灯台下から崖を登って

ここにたどり着いた事、

また、灯台職員は見たこともない

異国人の国籍を知るため、

沢山の旗が描かれたものを提示し、

異国人はトルコの旗を指差した話、

イギリス人は木目が大好きなど

初めて知ることばかりで、

印象深い訪問となりました。

ただ、もっとも印象に残ったのは、

男性の超親切&超濃いキャラです(笑)

本当に僕たち専用ガイドとして、

熱心な案内をありがとうございました!

そして、撮影が許可された部屋がこちらです。

昭和4年の天皇陛下行幸の時に

この部屋が使われたそうです。

サウナ状態だった建物から出ると、

気温35度近い外気が、

清々しく感じられたのが不思議です(笑)

この後、潮岬灯台や神社など、

まだまだ行きたい場所はありましたが、

時間切れで、結局ここが、この旅の

最後の訪問地となりました。

あとは、20:30新大阪発の

新幹線に間に合うよう

ひた走るだけです(笑)

 

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