小倉城庭園(北九州市)

 

小倉城主

江戸時代の城主(藩主)というのは、

改易(取り潰し)されたり

また、転封(転勤)もありました。

もちろん、

筑前国(福岡藩)の黒田家など

江戸時代の始めから

明治維新まで同じ城主だった例も

全国に見られますが、

肥前国の唐津藩などは、

城主が6回ほど入れ替わっています。

そして、小倉といえば、

最初は細川家が三代続き

寛永九年(1632年)、

熊本54万石へ加増転封、

その後は幕末近くまで小笠原家が、

城主となっていますが、

最後は長州藩に占領されて、

藩主は香春(かわら)へ退避し、

小倉藩は無くなり藩主は不在で

明治維新を迎えています。

そんな小笠原家の痕跡を再現したのが、

小倉城庭園です。

小倉城庭園へ

小倉城庭園は、

小倉城天守の目の前にあります。

先に行った天守最上階からは、

小倉城庭園全景が見えます。

案内。

要約すると、

「小倉城庭園とは、

小倉城主の下屋敷(したやしき)跡に、

江戸時代の大名屋敷を再現した施設です。

下屋敷とは、城主がお茶や能を楽しんだり、

また客を迎える接待所のような場として

使われていました。」

このように書かれています。

この場所、細川家時代は、

家老の松井興長の屋敷で、

ここを宮本武蔵も訪れており、

その後、小笠原家が小倉に入り、

下屋敷となっています。

従って、小倉城庭園の空間は、

宮本さんとのシンクロも

出来るという訳です(笑)

本日の催し物の案内。

「加冠の儀」と

「三々九手挟式」

(さんさんくてばさみしき)。

三々九手挟式が見えていました。

三々九手挟式について、案内には、

「日本古来の絵巻物さながらの儀式で、

今回は元服(成人式)の

女子の前途を祝し、

また、ご多幸を祈念して行われます」

このように書かれています。

入場。

まずは書院内へ。

加冠の儀を見学。

門前に書かれていた案内では、

「加冠の儀とは、

古来より行われてきた成人式の事で、

「烏帽子」という冠を与えるという意味で、

これは本来、

男子の成人を祝う儀式ですが、

小倉城庭園では、

3月3日雛の節句に合わせて、

新成人の女性に体験していただきます。」

このように書かれています。

書院から回遊式庭園を見ると

結婚式の前撮りが行われていました。

やはり、

日本庭園には和服が似合います。

庭園から書院全景を撮影。

背後ののリバーウォーク北九州の

近代的な建物と

新旧のコントラストがなかなか粋です。

とはいっても、庭園は、平成10年、

リバーウォークは、

平成15年の誕生ですから、

「新新」ではありますが(笑)

小倉城庭園から見た

小倉城天守もまた格別。

ズームでも撮影。

このあとは、展示室へ。

撮影禁止だったので、

写真はありませんが、

記憶には残って・・・いる・・かも(汗)

今日の一枚

小倉城庭園の

展示室横で見つけたポスター。

右は以前訪問した、

下関の功山寺に建つ

高杉晋作の像ですよ!

幕末の小倉戦争では敵同士だった

小笠原家(小倉藩)と長州藩(高杉晋作)、

まさか、こんなところで、

仲良く繋がっていたとは~(笑)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください