松本城(長野県松本市)前編

 

曇り→雨→晴れ

表題は、

松本城に滞在した時の天気です。

訪問時は青空なしの曇り、

天守内部を散策時は曇り~雨

その後、天守の外に出ると、

白い雲と青空が見え、

晴れ渡ってきたのです。

というわけで、

撮影の順序は全く無視して、

好きなところに好きな写真を使いました。

ここぞと言う時に

青空が顔を出してくれるのは、

日頃の行ないの良し悪しとは、

全く無関係でしょうが(笑)

いつもながらに

奇跡を起こしてくれる「何か」に

ただただ感謝の松本城訪問でした。

内堀越しの天守

松本城最大の魅力は、

内堀と現存天守のコントラスト。

こんな素晴らしいシチュエーション

(当時は縄張りかな?)を考えた

石川数正、康長父子、

いったいどんなセンスを

持っていたのでしょう。

松本城案内図。

右上の「現在地」あたりから

散策スタートです。

外堀。

外堀の一部の池。

睡蓮の葉が生い茂っている先に

松本城天守を眺めてみました。

埋橋と天守。

昭和30年、

観光用として架けられた橋ですが、

絵になる撮影スポットであるのは、

間違いないと思います。

(歴史的には関係ないが)

松本地震の被害で、

今は通行止めとなり

構造上、将来も残されるかどうか、

わからないそうで、

撮影するなら今のうちかも?(笑)

動画でも残しておきました。

左が乾小天守、右が天守。

湖面に映る天守群。

こんな写真が撮れるのが嬉しい!

ズームして天守群を撮影。

黒い天守は何とも精悍。

左から天守、辰巳附櫓、月見櫓。

黒門

内堀を半周すると、

黒門が見えてきます。

城域から内堀に

枡形が突き出る形で作られ、

いわゆる「外枡形」と言われる

桝形虎口となっています。

エントランスの左右には、

歴代松本城主の

家紋燈籠が配置され、

家紋好きの僕たちには、

嬉しい演出ですね。

実はこの家紋燈籠、

お城の各所にもありましたので、

その中の二つを紹介します。

1つ目は、

初代、二代の石川氏の

笹竜胆(ささりんどう)。

Wikipediaによると、

二代、石川康長が改易(取り潰し)

された一因に、身分不相応な

松本城の築城もあったとか・・・

島原城の松倉重政もそうですが、

石高が少ない(8万石)のに

大きな城を普請したり維持したりは、

領民への負担は、

大変なものになったようです。

しかし・・・

その結果、

僕たちが松本城を堪能出来るのも事実。

昔の領民の方々、ゴメン!

そして、ありがとう!(これしか言葉がない)

三代、四代、の小笠原氏。

家紋は、三階菱。

四代の小笠原忠真公は、

松本藩主から明石藩主となり、

徳川秀忠の命により

明石城を造り、

その後、小倉藩主として

子孫は幕末まで続いています。

二の門である高麗門。

内側から撮影。

高麗門の特徴は、

控柱の上の切妻屋根。

お城や神社仏閣で

よく見られるデザインですね。

昔の松本城下図。

一の門である黒門。

黒門を外堀から撮影。

黒門正面。

なんかめっちゃ重厚な感じ。

門の中には、

松本藩歴代城主と

その家紋、そして、

家紋名の紹介があります。

こんなに家紋に力が入っているとは、

ここに僕たちが来ることを

予測されていたのでしょうか(笑)

本丸内から見た黒門。

この後は、天守内部へと向かいます。

今日のニッコリ

松本城前の駐車場の「駐車券」。

精算機に券を入れる方向は

「矢」のデザイン。

しかも松本城のイラストまでついています。

たかが駐車券、されど駐車券。

素晴らしいおもてなしに

思わずニッコリでした!

 

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