松島海岸駅〜雄島へ(宮城県松島町)

 

99%

瑞巌寺や五大堂、遊覧船が定番の

松島観光ですが、

妻は以前から海岸から橋で渡る

「雄島(おしま)に行きたい」、

そう言っていました。

古くからの霊場の島である雄島は、

やはりメジャーでは無いような・・

恐らく松島を観光する人のうち

99%は行かない所でしょう(笑)

雄島への道

雄島までの移動は徒歩。

というか、

松島での散策自体が全て徒歩です(笑)

この日の天気予報は一日中曇り。

ところが、

松島海岸駅に着いた時には、

雲が切れて、かなりの青空に。

雄島さんが歓迎してくれている〜!

な〜んて

妻と二人、はしゃいでしまいました(笑)

松島の風景に溶け込んだ

お寺っぽい交番。

雄島までは200mの表示。

信号の先に気になる岩山がありますが、

やはりこれは只者ではありませんでした。

横に回ってみると巨大な巌窟なんです!

中は大きな空洞ですが、

昔は石仏などが

安置されていたのかも知れません。

松島公園案内図。

雄島は真ん中に見える

沖縄の形みたいな島ですが、

「松島公園見どころ」の中には

当然の如く?入っておりません。

素晴らしく整備された松島公園を歩き、

雄島を目指します。

これは凄い!

全自動ロボット芝刈機なるものが、

芝を刈っているんですよ!

こちらはトイレですが、

横に置かれた小さな小屋は、

いったい何なのでしょう?

人工芝まで設えてあるし、

かなり丁寧な造りです。

う〜ん犬小屋でもないし、

アヒルの寝床?

謎は深まるばかり・・(笑)

ここからは、

雄島の端っこが見えていますね!

雄島300m。

駅前では200mだったのが、

距離が増えておりました(笑)

ルートの違いでしょうかね?

本格的な雄島への入口。

優しいタッチの絵を使った、

手作りの暖かさ満載の絵図、

これは素晴らしいですね!

雄島を満喫できる気配しか

感じませんよ(笑)

案内の冒頭部分を抜粋すると

以下になります。

「雄島(御島)について

この島は諸国から松島に集まった僧侶、

巡礼の人々が修行したところで、

その代表とも言える

見佛上人が法華経6万部を読誦した

「見佛堂跡」があり、

鳥羽天皇からその高徳を讃え、

松の苗木本尊を下賜されたので

御島と呼ばれました。

島内に点在する巌窟の中には

卒塔婆、仏像、法名などが

彫られたり安置されたりしており、

全島が霊場だったと言うことが

知られています。」

少し行くともう一つ案内があります。

一部抜粋します。

「元禄二年五月九日

(一六八九、陽暦六月二十五日)、

芭蕉は、塩釜から船で松島海岸に着き、

瑞巌寺に詣でた後、雄島を訪れた。

芭蕉に同行した曽良の『旅日記』には、

「御島、雲居ノ生禅堂有。

ソノ南二寧一山ノ碑之文有。

北二庵有。道心者住ス」とある。

『おくのほそ道』には、雄島の印象を

雄島が磯は地つゞきて海に出たる嶋也。

雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。

将、松の木陰に

世をいとふ人も稀々見え待りて、

落穂、松笠など打けぶりたる草の庵に住なし、

いかなる人とはしられずながら、

先なつかしく立寄ほどに、

月海にうつりて、昼のながめ又あらたむ。

としている。「地つゞきて」は誤りであろう。」

最後に「誤りであろう」

とされていますが、

岩礁があったり、

引き潮の時だけは、

島と繋がっていたかも知れません。

実際このあと、

雄島で現場検証してみると

驚きの事実が発覚したのです(笑)

東日本大震災の記憶を発見。

地上1.2mくらいでしょうか・・・

ここまで津波が来ていたのです・・・

雄島へのエントランス。

この後、遂に雄島に上陸です!

 

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