水の子島海事資料館(大分県佐伯市)

 

灯台守達の痕跡

現在、日本にある灯台は

その全てが無人化されています。

従って、昔、「灯台守」と呼ばれた

吏員(職員)などは駐在していません。

その無人化前、

多くの灯台には、併設された

待息所と呼ばれる

灯台守たちの住居がありました。

ところが、今回訪ねた

水の子島海事資料館は、

元の吏員待息所ではありますが、

灯台とは全く別の場所に建っています。

その理由は、主たる「水ノ子島灯台」は、

宿舎など作れないほどの

孤島の断崖に建っているからで、

勤務は交代制で、

職員は水ノ子島と陸の宿舎とを

船で行ったり来たりしていたそうです。

そんな凄い場所に勤務していた人の

痕跡が残るのが、

ここ水の子島海事資料館です。

長宗我部元親神社

水の子島海事資料館に到着して、

海岸前のスペースに車を置き、

しばし海に見とれていました・・・

いい眺め・・・

ここは「下梶寄海水浴場」という

夏には海水浴場にもなるほどの

綺麗な海です。

そして、この海岸のすぐ前で神社を発見。

まずは、偶然見つけた神社に参拝してから

水の子島海事資料館に行くことに。

「長曽我部宗親」と書かれていますが、

「ちょうそかべもとちか」と

読めますので、

四国の雄、長宗我部元親を

祭った神社で、間違いないでしょう。

神社境内から海はすぐ傍です。

ここで、大きな疑問を感じました・・・

九州、佐伯市の鶴見半島先端近くに、

四国、土佐(高知)の支配者だった、

何故「長宗我部元親」が

祭られているのかということです。

参拝時にはその疑問は全く解決の

糸口さえつかめないままでしたが、

このブログを書いていて、

改めて写真を確認し、

解ったことがあります。

海事博物館(現在は資料館)沿革に

「明治36年12月20日、

「土佐路直吉氏」所有の土地を

買い上げ建設されたものである」

と書かれています。

「土佐路」=「土佐」=

長宗我部元親ですよね!

また、ネットで調べてみると

長曽我部元親の跡継ぎ盛親が、

関ヶ原の戦い後に、

徳川家康から領国土佐を没収された時、

その遺臣などが大分に渡り(逃げた?)

このあたりに住み着いたようで、

「土佐路」という珍しい名字は、

全国には殆どないにも関わらず、

大分県にはあるのです。

僕の解釈が正解かどうか

何の根拠もありませんが、

この神社は、

大分に移り住んでも400年以上、

家臣の子孫からも永く崇敬されていた

長曽我部元親の神社という事に

しておきます(笑)

灯台?

神社の向かいの

海事資料館前にあるのが、この灯台・・・

いや、灯台型のトイレです(笑)

入口の男女の区別表示は、

スペードとハート。

女性用は多分・・・ハート(笑)

水の子島海事資料館へ

灯台型トイレの後ろには、

海事資料館の石垣が続きます。

二段あるうちの下の段は

建築当初のもので、

上段のコンクリで固めたものは、

近年整備されたものでしょう・・・

と書いて調べたら、

何と上段も含め明治期のもので、

この周囲の塀や石垣は、

文化庁の登録有形文化財でした!

敷地内へ

表玄関っぽいところから

中に入るとすぐ左に見えるのが、

こちらの建物です。

トイレ(笑)

僕たちここでは、トイレにご縁があるようで、

まずは明治時代に造られた

トイレの外観を堪能。

日本宝くじ協会の助成事業で

整備されています。

碑文の裏側を見ると

小洒落た感じの

灯台が描かれています。

トイレの奥が、吏員待息所跡を利用した

水の子島海事資料館となっています。

正面から。

昔、灯台は逓信省の管轄だったので、

瓦には〒マークが入っています。

(現在は海上保安庁の管轄)

そして、入場・・・

ではなくその前に裏門へと回ります。

この二段の石垣と石塀も

有形文化財です。

石垣は、切込み接ぎで、

まるでお城のように立派です。

門。

中に入って門を振り返ると

この個性的な二本の木に目が奪われます。

恐らくこの宿舎が出来たころ

植えられれ、灯台吏員たちも

ここを行き来したことでしょう。

そして、ようやく入場。

開示資料館内部

 

中に入ると、

ボランティアの70代の男性が

僕たちを迎えてくれました。

半ば予想していたことですが、

入場者は僕たち二人だけで、

この男性が、親切丁寧に

案内してくれるので、

話は妻に聞いてもらい、

僕は撮影をして回る役となったのです。

ここには、「退息所」となっていて、

「待息所」とどっちが正しいのかと

ネットで調べると、比較的多くは

「待息所」ですが、どちらも「あり」のようです。

鶴見半島の航空写真。

リアス式海岸の複雑な地形が、

自然美を見せてくれます。

水ノ子灯台は、

灯台守の生活を描いた映画、

木下恵介監督の

「喜びも悲しみも幾歳月」の

ロケ場所になっていました。

灯台の模型。

年表。

灯台は1904の初点灯なので、

115歳のご長寿です。

灯台内の機具などの展示。

各地の灯台を紹介。

瓦。

逓信省の〒マークが

あしらわれています。

外の建物下にも並べられていた瓦です。

廊下。

昔のままの宿舎が

一部に保存されています。

レンガ製のかまどです。

部屋内部。

トイレへ向かう通路。

トイレ内部。

文化財なので、使用出来ませんが、

ボランティアの方の話だと、

酔っぱらいが勝手に

使ってしまうこともあるそうなので、

団体客が来たらここは

閉鎖しているそうです。

なかなか苦労されています(笑)

思わぬ収穫

思った以上に時間をかけて

中を散策したあと、

ボランティアの方が、

「天気が良ければここから

水ノ子島灯台が見えますよ!」

と教えてくれたのが、右のパネル下の窓。

肉眼でもかすかに見えたのですが、

双眼鏡を貸してくれて、

覗いて見ると・・・

綺麗に確認できるではないですか!

これならば、

もしかしたらカメラでも捉える事が

できるかも知れないと思い、

チャレンジしました。

左側2つの岩の右側と

その右側の低い岩の間に

白黒縞模様の水ノ子島灯台が

写っていますね!

鶴見半島で最初に行った、

展望ブリッジからは、

撮影が出来なかったのに

ここからは出来るなんて、

きっと吏員の方々の

後押しがあったのでしょう。

これで資料館の散策は完了。

このあとは、敷地内の

「渡り鳥館」へと向かいます。

今日の発見

資料館の向かいには、現代の建物もあります。

レンガ作りっぽいですが、

これは1987年ころに造られたもの。

ボランティアの方は、

「文化財を撤去してまで、

こんな手抜き工事の建物、

造らなきゃ良かったのに」

とお嘆きでした・・・(汗)

しかし、この中で面白いものを発見。

昔の潜水服ですよ!

地上から管で空気を送りこむタイプで、

テレビでは見たことありますが、

実物は初めてだったので、

ちょっと感激。

 

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