南州神社(鹿児島市)
西郷顕彰の発信地は「山形県」
戊辰戦争に於いて、
奥羽烈列藩同盟として、
明治政府軍と戦った庄内藩(山形県)は、
圧倒的な強さで領内への侵入を許さず、
最後まで政府軍を苦しめました。
米沢藩、会津藩の降伏を受けて、
結果的には降伏・恭順したとはいえ、
西郷隆盛からも一目置かれ、
庄内藩は敗軍にも関わらず、
寛大な処置で済んでいます。
庄内藩の人達は、
采配をした西郷隆盛を敬愛し、
鹿児島まで行き、西郷から学び、
それを一冊の本にまとめた、
「南州翁遺訓」を刊行し、
全国に行脚して頒布したのです。

こちらが山形県酒田市に鎮座する、
南州神社の拝殿に置かれた、
「南州翁遺訓」です。
地元、鹿児島ではなく、
遠く山形県のしかも敵だった人々が、
こうして唯一無二の冊子を
全国に頒布する・・
西郷さんが、
多くの人々に愛される理由は、
こんな所にもあるのでしょう。
南州公園
西郷隆盛終焉の地を訪問後、
そこからほど近い南州公園へ。

駐車場の前には桜島!
そしてお出迎えは・・

ぽっちゃりしたニャンコ(笑)
いきなり癒されますな〜!

南州公園の見所は、
南州神社、南州墓地、西郷南州顕彰館の
大きく3つになります。

先に南州墓地へと向かったのですが、
そこでボランティアガイドさんに
案内して貰ううちに観光客が増え、
写真撮影が難しくなったので、
先に南州神社へと向かいました。
南州神社・御社殿
横参道の海側には、
2024年にオープンした
お洒落なレストランがあります。

「ラ・キュイジーヌ・ナンシュウ」。
この日は予約で満杯という、
超人気ぶりでした。

社頭。

巨大な燈籠と妻。

南州墓地に面した手水舎。

拝殿へ。

「南州神社」
以下、案内の抜粋です。
「御祭神 西郷隆盛命
配祀 桐野利秋命以下
薩軍戦没者六千八百柱」
「明治十三年一月一日 参拝所建立
大正十一年六月二十八日 南州神社建立
昭和二十七年七月三十一日
本社・摂社戦災により炎上」
その後、
昭和三十二年に本殿、
昭和四十五年に拝殿が再建されています。

拝殿内。

西郷さんの陶像。

「生誕百八十年記念、
陶芸家 西郷隆文」と
刻まれていますので、
もしかして御子孫なのかと思い
Wikipediaで調べると、
ひ孫に当たる人でした。

拝殿から目の前の本殿に向かい参拝。

本殿後方からも参拝。
西南之役戦歿者慰霊塔
参拝後、拝殿右手前の
西南戦争戦没者の慰霊塔へ。

美しい赤レンガ塀には戦歿された方、
お一人お一人のお名前が刻まれています。

参拝の方にもわかるよう、
6765名の配列が、
地域別にまとめられています。

「招魂」と記された塔の下には、
以下が記されています。
「趣意」
「明治十年(1877)九月の
西南之役終熄より百二十余年、
平成十一年度遺族会総会は
慰霊塔建立を決議。
戦域より遺砂を格納し、
就中無名の戦士に光を当て
顕彰の誠を捧げるべく企画、
同時に南州翁や戦跡より
「縁の石」を集め、翁の足跡や
苦難の跡を偲ぶよすがとした。
今般建立に当り賛同、
募金に協力された有志諸賢に
深く感謝の念を捧げるものである。
平成十三年九月十六日
西南之役戦歿者慰霊塔建立期成会」

供養塔周りに安置さらた縁の石。
(1)城山本営跡
(2)西郷屋敷跡
それらに続き、合計14箇所から
ここに石を運んでいます。

(3)寺山開墾社前
(4)野屋敷跡
(5)日当山温泉
(6)根占の定宿

(7)鰻温泉
(8)田原坂
(9)山鹿口

(10)人吉
(11)高熊山
(12)和田超
(13)児玉熊四郎宅跡
(14)可愛岳
この中の児玉熊四郎宅跡が気になり
調べると、このお宅は、
なんと今でも延岡市に
西郷隆盛宿陣跡資料館として、
残っているのです。
御朱印
参拝後、宮司さんらしき方に
御朱印を授与してもらいました。

めっちゃ味のある字ですね。
直書き、本当にあり難し!

最後はいつものこれで〆。
次は南州墓地へと向かいます。