2021/02/15

大分社(大分市)

 

神事に飛び入り参加

過去の旅では、

飛行機が飛ばなかったとか、

レンタカーの予約日を間違えたとか、

妻の足が痛くて歩けなくなるとか、

いくつもの思いがけない出来事を

体験してきました。

そして、その全ては、

良き思い出への序章でもありました。

そんな思いがけない出来事でも

恐らく一番あり得ないであろう事が

起きたのが、大分社での

「神事への飛び入り参加」です。

拝殿前で参拝していた僕たち二人に

宮司さんが声をかけてくださり

「今から神事を行いますから

ご一緒にどうぞ」

「これも何かのご縁ですから」

そう言われ、

拝殿内の、氏子代表の方など

数人とともに、どんど焼きの神事に

参加させていただいたのです。

正直、緊張するとともに、

貴重な体験をさせて貰い、

宮司さんには、

ただただ、感謝しかありません。

あの日、あの時間に参拝しなければ、

神事に加わることは無かったはずです。

巡り合わせというのは、

本当に不思議なものですね。

大分社へ

弥栄神社を参拝後、大分社へ。

境内の100mほど手前に建つ燈籠。

豊肥本線の踏切を渡り境内へ。

社頭。

一の鳥居のすぐ先に

こじんまりした二の鳥居が、

まるで親子のように建っています。

二の鳥居は安政五年

(1858年)の寄進。

一の鳥居の左右には、

文政九年(1826年)

寄進の燈籠が配置され、

その台座には無数の

盃状穴が彫られています。

向かって左側の燈籠。

大分社の案内。

由緒略記を抜粋すると

「元亀三年(1572年)

大友家内紛の巻き添えの戦火に遭い

社殿をことごとく焼失する。」

「天正二年(1574年)

大友義鑑(後の宗麟)により

角屋敷の社殿が再建される」

戦火で焼失し再建、

書けば数行でも、

当時の方々の大変な苦難は、

計り知れないものがあったでしょう。

参道右側の狛犬。

このディフォルメされたデザインと

蛙のようなポーズ、

妻は僕の眉毛にそっくりと言って

笑っていました(笑)

吽形も歯を食いしばり、

全身に力がみなぎっていますね。

手水舎。

拝殿へ。

拝殿内には人の気配が・・・

冒頭で書いたハプニングは、

この直後に起きたのです!

参拝後、拝殿内で神事に参加なんて

思いもよらぬこと。

僕は玉串奉奠の時、回し方を間違え

宮司さんと妻から

すぐさま教えてもらうという

おまけまで付いて、

更に思い出深いものとなりました(笑)

そして、20分ほどの神事が終わり、

どんど焼きの始まりです。

神事の際には、

ここで焼くものの内容を全て

神様に言葉で伝えるということも

知りました。

その後、本殿へ。

天保十一年(1840年)造営の本殿。

本殿右横、阿形の倒立狛犬。

本殿左横、ちんちんのポーズの吽形。

境内社

次に境内社へ。

猿田彦社。

一番右の石塔には、寛政七年

(1795年)と刻まれています。

青莚(せいえん)神社

宮地嶽社。

金刀比羅社。

秋葉社、天満社。

本殿左側の境内社群。

社頭に鎮座する大将軍社。

ツーショットで参拝完了。

今日の石塔

大分社で一番見たかったものが、

こちらの古い石塔です。

神社のパンフレットには、

「鳥居の右側には、南北朝時代の

康安四年(1345年)と刻まれた

重要史跡の妙法塔がある」

このように書かれています。

南北朝時代の盃状穴でしょうか?

奈良の東大寺転害門では、

鎌倉時代とされる盃状穴を見ましたから、

これが南北朝時代のものでも

不思議ではないでしょう。

 

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