大村益次郎の墓(山口県山口市)

 

妻の嗅覚

妻は臭いに敏感です。

それは物理的な臭いだけでなく

何かを察知する嗅覚も持っています(笑)

そんな能力がいかんなく発揮されるのが、

旅の道中(古い言い方?笑)。

過去にも艦爆標的小松帯刀の墓など

輝かしい察知力を発揮して来た妻の嗅覚は

今回の旅でも健在でした。

大村益次郎の墓へ

2018年夏、山口の旅は

山口市内の神社3社、お寺2寺、

お寺の跡1カ所を

8時間で巡るというもので、

市内だからゆっくり回れると思いきや

今の山口市は市町村合併で

かなり大きな面積なのです。

なので、

北方八幡宮、黒山八幡宮を参拝し、

次の鰐鳴八幡宮へと運転する

僕の視野はそれは狭いものでした(笑)

しかし、助手席の妻の嗅覚アンテナは、

そんな僕の視野の狭さとは裏腹に

360度全方位に向け

レーダーを放つかの如く

どんな些細なものでも

確実にキャッチする体勢です。

まあ、ぼ〜っとしているようには

見えるのですが(笑)

そして、いきなり

「あっ!大村神社、大村益次郎の墓!」

そう言ったのです。

もちろん今回の行き先に

そんなところはありませんし、

正直、このあたりに

そんな有名人の墓があるなんて

全く知りませんでした。

もちろん寄り道です(笑)

池のほとりにある案内板。

そこには石碑があります。

説明が無いのですが、

「神託」という文字があるので、

なんらか神様と

関係があるかも知れません。

裏(横)に回ると、

「文久」の文字が見えますので、

江戸末期の建立でしょう。

この石碑の正体がつかめないまま

僕たちは大村益次郎の墓へと

向かうのですが、

ここでちょっと珍しい光景を見ました。

鳥居の先には、

池に冊が張り巡らされています。

ここは池に向かって打つ

ゴルフ練習場になっていました!

以前、テレビの「珍百景」で見たところです。

ちょっと珍しいものが見られて

これも妻アンテナのお陰です(笑)

大村益次郎のお墓までは、

こんな懇切丁寧な案内があります。

「この先が行き止まりで

Uターン出来なかったら

どうしよう」

なんて心配性の方向けに

「駐車場は上にあります」と

これまた親切なのです!

感動しましたよ。

駐車場の看板もこのとおり、

心がこもった文章にまたもや感動!

少し行くと鳥居が見えてきます。

現在の大村神社は、

ここから少し離れた場所にありますが、

以前はここ、

お墓の裏に鎮座していたそうです。

その名残の鳥居なのでしょう。

「国指定史跡 大村益次郎墓」

大村益次郎は、

医者の家に産まれ、医学とともに

兵学など多くの学問を納め、

長州征伐(四境戦争)では石州口で

戦い、浜田城を落とすなど功績を残し、

明治維新後も軍政の改革などでも

活躍したが、反対派に襲撃されて

命を落としています。

そんな大村益次郎の墓と

妻、琴子さんの墓が、

仲良く並んでいました。

左が夫、右が妻の墓。

夫(大村益次郎)のお墓アップ。

墓石にお参り。

妻のお墓アップ。

夫婦のお墓が同じ作りで、規模。

まったく平等に作られているのが、

とても印象的でした。

このあと一つ気になるものが

あったのでそちらに向かいます。

といってもお墓から10mくらいの

場所ですが(笑)

元神社があったあたりにある

高さ2mくらいの石碑です。

明治11年、10年忌で作られたようで、

この裏側に回るとびっくりな事実が。

寄進者の名前が沢山書いてあり、

その中には、伊藤博文、井上馨、

大村益次郎が中央政界で

飛躍するきっかけを作った

宇和島藩の伊達宗城などなど、

蒼々たるメンバーが

名を連ねています。

この石碑のお陰で、

改めて故人の偉大さを

感じることが出来ました。

身近な人のお墓参りは悲しいもの、

でも過去の偉人のお墓はその功績を知り、

何かを感じ取る大切な場所です。

大村益次郎さん、琴子さん、ありがとう!

 

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