羅漢寺(石見銀山)

 

貢献度

2007年、

世界遺産に登録された直後、

石見銀山を訪れる観光客は

年間36万人ほどで、

完全なオーバーツーリズム状態

だったそうですが、

その後減少し近年では、

5万人程度になっているようです。

観光地にとっては、

適度に多く観光客が来るのが

望ましいのでしょうが、

僕たちは、

「この時期」に行ったお陰で、

静かで散策しやすい石見銀山を

大いに楽しめたのでラッキーでした。

観光地の収益と観光客の満足度、

これが合致すれば、

言うことなしなんですが、

僕たちはアイスしか食べていませんから

石見銀山への貢献度は

超低いでしょう(笑)

遊歩道で羅漢寺へ

大久保石見守長安の墓を参り、

この日最後の目的地、

羅漢寺へと向かいます。

途中立ち寄った妙正寺。

昭和18年の水害で倒壊後、

近年本堂は再建されています。

趣ある遊歩道で

石見銀山公園へ。

この時僕たちの体力は、

思いっきり低下中。

なんとかせねば、羅漢寺参拝の

気力が保てません・・

そこでカンフル剤を投入(笑)

アイス。

美味しかった〜!

これで体力は回復、気力も上昇。

「白バラ」アイスは、

ここ島根県のお隣、鳥取県の

大山だいせん乳業農業組合の製品です。

銀山地区とはここでお別れ。

門の近くの案内。

どちらからも行けると書かれると、

迷ってしまいますね(笑)

羅漢寺・本堂

五百羅漢へ行く前に本堂へ。

山門。

三門入って右側の

開運吉祥辨在天。

本堂。

賽銭箱前の案内。

書き出すと以下になります。

「当山の胎内くぐりは

建立当時のままです。

建立当時は、胎内をくぐり、

外の羅漢に橋を掛け法要を行っていました。

今も岩肌に橋を掛けた跡が

残っております。」

「胎内くぐりとは」

(本堂の中の一番奥になります)

仏像の体内や洞穴などをくぐり、

生まれ替わりの擬似体験をする事。

又は再生を意味します。

当山の胎内くぐりは、

子授け、安産、知恵が授かるなどの

ご利益も言われております。

邪(よこしま)な気持ちを持たず

無心でくぐってください。

胎内に入った時、

必ずやその温もりを

感じ取ることができるはずです。

そして、その先の

「裏見の羅漢」(縁切り羅漢)にお参りを。

当山は、縁切り、縁結びの

両縁参りのお寺です。

石室山 羅漢寺」

本堂内部は撮影禁止なので、

拝観券の写真を紹介します。

「羅漢寺天井絵の由来」

「その昔銀山では、

三百水を住居とする双龍が、

毎夜村人を襲い困り果てていた。

民の困窮を見かねた、

高僧、月海浄印(羅漢寺の開祖)が、

「このままでは五百羅漢建立の妨げになる」

と思い、

真言密教の法力を用いて龍を退治した。

三日三晩に及ぶ

壮絶な闘いだったと伝え聞く。

後に羅漢寺建立の際、

本堂の天井に護摩の灰で描かれ封印した。

年月と共に灰も薄れ、

龍の封印が解けそうになった時、

中島某と言う絵師(一説によると

葛飾北斎の雅号と言う説もある)

により描き直され今日に至る。」

このように書かれています。

本堂では、天井絵を見たり、

胎内巡りをした後、

本堂裏側から外へ。

本堂の裏側の縁側の案内。

まずは、縁切り羅漢で、

悪縁を切って、五百羅漢で、

良縁をいただくのが順序のようですが、

僕たちは切りたいほどの縁はないので、

参拝のみ行うことに。

昔は橋が架けられていたと言う

本堂裏側の岩肌に鎮座する羅漢さん。

本堂の左横には、

たくさんの弘法大師像が

鎮座しています。

本堂前にてツーショット完了。

五百羅漢

本堂と道を挟んで向かいにある

五百羅漢へ。

山肌に半分埋まったお堂内に

五百羅漢はいらしゃいます。

お堂や太鼓橋など

江戸時代、創建時のままの姿、

実にいいですね〜!

橋の正面の不動明王へ。

参拝。

弘法大師像にもご挨拶。

江戸時代中期に出来た太鼓橋、

これって渡れるんですよ!

いや〜大感激です(笑)

五百羅漢は、

左右二つのお堂に安置されていて、

まずは向かって右側のお堂へ入ってみます。

中に入ると、

説明が流れてくるのは、

嬉しいサプライズでした。

また、

お堂内は、撮影禁止なので、

パンフレットでちょっとだけ

羅漢さんの本の一部を紹介してみます。

「五百羅漢座像」

「羅漢像は現在の

温泉津町福光の石工坪内平七、

その子及び一門の人々が

約二十年の歳月をかけて彫像したもので、

それぞれの背面又は

裏面に寄進された人の名と

年月日が刻まれています。

さまざまな表情と

姿勢をされていますが、

当時の人々はここにお参りすれば

亡くなった父や母、

わが子の面影に会えるといって、

善男善女が近郷近在から

集まったといわれています。

なお五百羅漢とは、

お釈迦様に従っていた

五百人の弟子のことで、

世間一般の感情や欲望は

全て超越しているが、

仏、菩薩の境地には未だ到達せず

我々人間と仏との間の存在です。」

このような説明があります。

なるほど!

「人間と仏との間の存在」だから

仏様みたいに穏やかな表情ではなく、

心が正直に顔に表れ、

喜怒哀楽を出しているんですね。

だから

親しみが湧くと言うものかも?

次に左右の羅漢像安置の

お堂の真ん中にある岩間の仏様へ。

左から、

普賢菩薩、釈迦如来、文殊菩薩。

次は向かって左側の羅漢さんへ。

中に入って参拝。

五百羅漢のお堂の左端に立つ

「大宝篋印塔」

パンフレットの案内を書き出すと

以下になります。

「五百羅漢建立に協力された

田安中納言宗武卿

(八代将軍吉宗の次男)の

菩提を供養するために

夫人とその子田安斉臣卿が

明和八年(1771)に

建立したものです。」

これも江戸時代のものですね。

参拝。

太鼓橋を渡り、

宝篋印塔、五百羅漢、

三つの太鼓橋の全景を撮影。

下を流れる川についても

案内がありますので、

書き出してみます。

「三百水」

「この地に五百羅漢が、

建立されるはるか昔から流れ出る湧き水で

四百五十年余りの歴史をもちます。

当時、土地の人々は

水を桶で担いで銀山に

「一荷三百文」で売り歩いたことから

三百水の名が付けられました。

渇水時にも枯れることなく

湧き出す清水は

島根の名水にも選ばれている

清冽無比の霊水です。」

川の水かと思ったら

湧き水だったとは!

最後に三百水を挟んで、

羅漢寺山門(左)と五百羅漢を撮影し、

参拝は完了です。

 

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