西郷隆盛銅像(鹿児島市)

 

後回し・・

鹿児島市の軍服姿の西郷隆盛銅像は、

超有名な銅像ですが、

過去の鹿児島旅では、

車で何度か銅像の前を通り過ぎるも

じっくり見たことはありません。

「知ってるものは後回しになる」という

典型例の一つでしょう(笑)

西郷銅像撮影ひろば

ここには写真撮影用のスペースが、

「西郷銅像撮影ひろば」の名前で、

完備されています。

ひろば全景&西郷さんの銅像

プラス妻の後ろ姿(笑)

ひろばから道路を挟んで見た西郷像。

ズームして撮影。

上野公園の着流し姿もいいけれど、

こちらはそれとは対極的で、

西郷さんの凛々しさ爆発です!

ちなみにこちらが上野の西郷さんです。

「安藤照作 西郷隆盛銅像

令和4年4月21日指定

鹿児島市指定有形文化財(彫刻)」

以下、案内全文です。

「安藤照は、明治25年(1892)に

鹿児島市で生まれました。

鹿児島二中を経て、

東京美術学校彫刻科に入学、

在学中に帝国美術院展覧会に入選、

その後も連続して特選になるなど、

目覚ましい活躍をします。

美術学校で学んだ朝倉文夫の影響を受け、

写実的な表現を身につけましたが、

その後、

彫刻を「量のかたまり」としてとらえ、

量感の表現の追求へと進むようになります。

この「安藤照作西郷隆盛銅像」は

昭和3年に

「南州神社五十年祭奉賛会」総裁の

東郷平八郎から依頼を受けた安藤が、

約9年近くの歳月をかけて製作したもので、

昭和12年5月23日に

除幕式をむかえました。

安藤は製作にあたって、

西郷の体型を調べたり、

日本やヨーロッパ各地の

銅像や庭園を見て回るなど、

調査に十分な時間をかけました。

そして台座は日本庭園の形式を取り入れ、

築山にすることとし、

その築造にあたっては、

市内の子どもたちを始め多くの人々が集まり、

土を運ぶ手伝いなどをしたそうです。

築山の石は、西郷にゆかりのある

根占の海岸から花崗岩550個あまりを

運んだものだそうです。

恰幅の良い西郷の体型を、

大将の軍服姿で表現した

安藤照の「西郷隆盛銅像」は、

体型の似たモデルを用いたとされ、

写実的人体表現を基本としながら、

鹿児島における西郷隆盛観を

象徴的に表現した作品といえます。

6メートル近い像の製作は、

相当な大事業であったと推察でき、

安藤の力量の限りを尽くした傑作であり、

安藤の代表作ともいえます。

未来を見据えるかのような正面向きの顔、

揺るぎない不動の立ち姿の西郷像は、

市井の人々の精神的な拠所として

確固たる存在感を示しています。

令和5年3月建立 鹿児島市教育委員会」

「西郷隆盛銅像

身長5.257メートル 5.7頭身」

僕たちはこの案内を見て、

衝撃的な事を知ったのです・・・

「安藤は太平洋戦争の1945年に爆死。

自宅兼アトリエや記録も焼失した。」

運命とは、

かくも惨たらしいものなのか・・・

僕も妻もしばし、しんみりでした。

また、これに続けて、

「西郷隆盛生誕180年、没後130年、

西郷銅像建立70年の節目にあたる

平成19年の4月、

県立鹿児島工業高等学校の女子生徒4名が、

西郷銅像の実測に挑戦し、

綿密な計算作業を経て、

実測結果が算出されました。」

このように記され、

詳細な実測図が表示されています。

きっと、女子生徒4名は、

ここに来るたびに誇らしく、

懐かしく思う事でしょう。

これ、案内がメインじゃなく、

撮影台としてここにあるのです。

スマホスタンドは桜島というセンス、

めっちゃ素敵ですね!

完璧なツーショットが完了。

桜島のスマホスタンド、最高です!

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください