竹田神社(鹿児島県南さつま市)

 

日新公

竹田神社を語るのに、

日新公(じっしんこう)の名を

避けることは出来ません。

竹田神社の御由緒。

内容をかいつまんで書くと、

「当社の御祭神は、

薩摩藩中興の英主

島津日新公(忠良)です。」

「伊作島津家第十代城主」

「戦国の世で、南九州でも戦乱が

打ち続いていましたが、日新公は、

島津宗家に請われて三州統一の

大事業に当たられました」

「日新公「いろは歌」は、

公が日頃人間の正しい生き方について

説いてきた教えを、五十四歳のとき

四十七首にまとめられたものです。

この歌は後世に伝えられ

鹿児島の教育の大きな柱となりました。」

「この境内にあった保泉寺は、

公の死後、日新寺と改名、

廃仏毀釈により廃寺、

明治六年(1873)

その跡に建てられたのが

当社であります。」

このように書かれています。

結局僕たちは、この後、

日新公のお墓にも参る事となるのですが、

鹿児島に、このような歴史があったとは、

ここに来て初めて知りました。

正直言えば、

日置市の大汝牟遅神社から

知覧市の知覧城に行く途中で、

ちょっと立ち寄れる神社がないか

地図で調べたときに見つけたのが

竹田神社だったのですが、

日新公にまつわる

内容の濃さも相まって、

「ちょっとした寄り道」が、いつの間にか、

「主目的地以上の存在」となり

僕にとって忘れられない、

(妻は既に忘れているか?笑)

神社となったのです。

社頭

社頭には、広い駐車場があり

まずは一安心。

境内地から道路を挟んだ手前側に

神橋と一の鳥居。

石段で中へ。

境内に入ると参道の両脇に

古い手水鉢が二つあります。

右側の手水鉢。

こちらは左側。

何故左右に二つあるのか?

ちょっと不思議ですね。

そして、この手水鉢から

視線を上に向けると

楠の巨樹群が見えます。

枝ぶりの特異感からすると

ここの楠群も、

大汝牟遅神社参道横の千本楠

同じような系統なのかも知れません。

二の鳥居。

広場になった境内。

真ん中が拝殿、

左右は、手水舎です。

右側の手水舎。

右側と同じデザインの

左側の手水舎。

清浄な水が湧き出て(水道かな?)、

清潔感が抜群です。

手水鉢から流れ落ちる雫と

その下に敷かれた真新しい杉の葉。

ここで、お手水が出来るなんて

幸せすぎ(杉)です。

このおもてなし感、たまらんですね。

これだけで、竹田神社が

大好きになってしまいますよ(笑)

拝殿。

参拝。

神紋の丸に十字で、

テンションはさらに上がります。

拝殿から奥の本殿へ。

本殿に参拝。

御社殿左側の灯籠群。

こんなデザインの灯籠、

鹿児島でしか

お目にかかれないでしょう。

安政四年(1857年)の寄進です。

最後に拝殿前でツーショット。

見どころ満載の

竹田神社周辺の散策は

まだまだ続きます(笑)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください