取違神社(鹿児島県・知覧町)

 

知る町、覧る町「知覧」

特攻基地・知覧飛行場跡の遺構である

三角兵舎跡」を訪問後、

次なる目的地の「掩体壕」へと向かう途中、

妻が見つけたのが、

こちらの標柱です。

「取違の由来」

石製でかなり立派なもので、

上方には、

「知る町、覧る町

フィールドミュージアム 知覧」

このような素敵なキャッチフレーズが

記されています。

「取違って、いったい何の事?」

あまりにも衝撃的な文言釣られ、

矢印の方向を見ると

小さな神社が鎮座しています。

標柱と神社。

特攻基地の遺構巡り最中でも

常に神社は気になる僕たち、

もちろん、

「取違」を解明するべく

道草を食う事に決定です(笑)

取違由來記碑

車を神社横の公民館に停め、

鳥居をくぐり境内へ。

紙垂(しで)の新しさで、

神様がいかに大切にされているかが

よくわかります・・・

案内碑。

「取違の由来」

以下、全文です。

「海の神様である父親に、

川辺と知覧をそれぞれ治めるため、

豊玉姫と玉依姫姉妹が遣わされました。

ところがこの集落で一晩の宿を取られた際、

妹である玉依姫は

水田の多い川辺の方がよくなり、

朝一番に馬で出かけてしまいました。

朝起きた豊玉姫はしかたなく

牛に乗って知覧へ向かいました。

活発で知恵のきく玉依姫の気質は、

川辺人気質に受け継がれ、

(豊玉姫の)のんびりした優しい気質は

知覧人に受け継がれたと

今でも語り継がれています。

行き先をこの集落で

取り違えてしまったことから、

この集落を取違と言うようになりました。

豊玉姫は知覧の豊玉姫神社に、

玉依姫は川辺の飯倉神社に

祭ってあります。」

豊玉姫は神武天皇のお祖母様、

玉依姫はお母様としての

認識はありましたが、

姉妹でこんなエピソードがあったとは、

初めて知りました。

あの目立つ案内標柱があればこそで、

知覧町、グッジョブですよ!

標柱群のうち一番左が、

「取違由來記碑」です。

この石碑には、

正面から左側面、

裏面にかけて先ほどの由来が

刻まれています。

左側面。

裏面。

大正六年の建立です。

そしてこの背後で妻が見つけたのが、

こちらです・・・

柿の実!

まだ7月半ばというのに、

ビックリでした。

取違神社・本殿

由来を知った後は、参拝へ。

ここには神社名が記されていなく、

「取違由來記碑」の最後には、

「薬師堂」と刻まれてはいましたが、

ネットで調べると

「取違神社」という名が散見されたので、

この名前で書くこととします。

屋根瓦まで真っ赤なのは、

鹿児島地方に多いタイプです。

参拝。

妻入(左)のお社と、

平入(右)のお社が並んでいて、

参拝時には豊玉姫と玉依姫が

祭られているものと

勝手に決めつけていましたが、

後から調べると、

豊玉姫と豊玉姫の侍医の二柱でした。

侍医さん、集落民を治療してくれ、

今もなお崇敬されているそうです。

最後はいつものこれにて〆。

道草、めっちゃ美味しかった〜(笑)

 

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