知覧飛行場跡/給水塔・防火水槽

 

あえて夏に行く

僕の知覧訪問は、

今回含め3回目でしたが、

季節は全て真夏です。

鹿児島県は暑いのに、

あえて夏に行く・・・

その心は、

やはり終戦記念日が近いから。

いつも以上に、

散華された特攻隊の方々を

身近に感じる気がします・・・

給水塔

徒歩で巡る知覧飛行場跡、

いよいよ佳境に入って来ました(笑)

この散策図だと、

前回のブログで書いた、

「7」油脂庫、「8」弾薬庫、

「9」正門跡を見学後、

次に「10」の給水塔、

「11」の防火水槽、

そして、「延長コース」の

「12」着陸訓練施設でゴールの予定です。

緑のトンネルへ。

トンネルを過ぎると、

右側に給水塔が見えてきます。

到着。

こちらは裏面のようです。

横から見ると

「ピサの斜塔」のように少し傾いています。

正面から。

「給水塔」

以下、全文です。

「昭和16年、

飛行学校の一つの施設として建設され、

当時の原型をとどめている

唯一の施設です。

下郡を流れる思川から取水し

ポンプで、高架式のタンクに貯水しました。

主に飲料水や飛行機の整備のための

水に利用されました。

高さ約13m、直径約6mで

町指定文化財となっています。」

給水塔に目立った弾痕などは

確認できませんので、

戦争末期の空襲や銃撃から

うまく逃れているのかも知れません。

倒れそうでも倒れない、

「幸運の斜塔」の面目躍如ですね!

幸運の斜塔バックにツーショット完了。

防火水槽

次に防火水槽へ。

給水塔からは徒歩30歩位(笑)

「防火水槽跡」

以下、全文です。

「現在1基しか残っていません。

4基ほどあったと伝えられています。

近くに本部があったため

本部用の防火水槽と予想されます。

半地下式で、お椀型に地面を掘り、

砂利を敷きその上を

コンクリートで固めてあります。

筋も入っていない簡単な構造です。

三箇所につけられた階段は、

水の汲み出しと管理のためとされています。

現在の場所から東側約100mのところに

あった物を平成16年度に移設しました。」

元々は現在竹藪になっている所に

あったようですので、

見学ルートを考えると、

ここへの移設はベストでしょう。

すり鉢状の防火水槽。

ここから入れと言わんばかりの

コンクリの欠け方(笑)

真ん中をアップ。

階段の用途の一つに、

水の汲み出しと記されていましたが、

バケツリレー的なものが、

行われていたのでしょうか?

着陸訓練施設跡

ここからは少し離れた、

着陸訓練施設跡へ向かいます。

知覧教育隊兵舎跡を通過。

サッカー場も飛行場跡地の一部でしょう。

これを見て、

妻が何か言っていたのですが、

内容は記憶に残っていません(汗)

着陸訓練施設跡に到着。

まるで本殿を囲む玉垣のように

生垣が美しく剪定されています。

正面。

「着陸訓練施設跡」

以下、全文です。

「現在目にする飛行機の着陸は、

機種をやや持ち上げ

両翼の車輪を接地させてから、

機首の車輪を接地させる

というやりかたです。

しかし当時の飛行機は両翼と機体後方の

三カ所に車輪がついていたため

三輪とも同時に接地させる3点着陸でした。

うまく着陸できないと機体がバウンドし、

機体を痛めたり、搭乗員が首を痛め

鞭打ちになったりしました。

そのため、どのくらいの高度で

3点を接地させたらよいかを

訓練するための施設跡です。」

これに向かって着地訓練とは、

恐怖しかありません・・・

背後から撮影。

今はワイヤーはありませんが、

リフトに吊り下がるような形で

ここに降りて来たのでしょう・・・

妻訓練飛行中!

ソフトランディング成功!(笑)

ここまでで、徒歩にての

知覧飛行場跡散策は完了し、

次なる広域の散策は、

車での移動になります。

 

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