三角兵舎跡(鹿児島県・知覧町)

 

フィールドミュージアム

知覧の広大な陸軍飛行場跡地には、

点々と当時の遺構があります。

ただ単に残っているのではなく、

人為的に残されて整備され、

メンテナンスされているのが、

大きな特徴であり、

まさにここは、

フィールドミュージアムなのです。

知覧特攻平和会館で知識をインプット、

そして次に徒歩と車で、

フィールドミュージアムを体験する。

戦争遺構巡り好きにな僕たちには、

この上ない至福の時間です(笑)

「特攻機発進の地」碑

知覧特攻平和会館から車で約5分、

特攻機発進の地碑に到着。

「特攻機発進の地」

以下全文です。

「特攻機及び攻撃機の出発線

大東亜戦争の末期此の地から、

250キロ爆弾を装備し

西北西方向に滑走離陸し出撃していった。

誘導路の掩体から

整備員に誘導されて発進線に近い

滑走路わきまで移動して待機、

出撃の時間が来ると

整備員が車輪止めを外す。

別れの敬礼を交わして滑走路の出発線へ。

戦闘指揮所の出発の合図で

「エンジン」を全開離陸し、

右旋回しながら高度を取り、

編隊を組みつつ飛行場上空を通過

開聞岳の西の空を沖縄に向かって行った。

飛行場上空では翼を振り乍ら

最後の別れをして遠ざかり、

機影が見えなくなるまで

悲痛な思い出見送った。

平成14年3月29日建立

知覧特攻慰霊顕彰会」

読むのも辛いほど、

悲しい情景が浮かびます・・・

戦闘指揮所跡

石碑から少し行くと、

戦闘指揮所跡が見えてきます。

今はその面影も見えませんが、

石碑などで当時を知る事ができます。

「高倉健主演

映画「ホタル」ロケ地」

僕は題名しか知りません(汗)

「旧陸軍特攻基地

戦闘指揮所跡」

以下、全文です。

「最後の盃を交わした隊員は

機上の人となり、

かんじとして(にっこり微笑みながら)

手を打ち振りつゝ

今生の別れを告げる。

女学生や村人達は花もちぎれよとばかり

桜の小枝を打ち振る

機影を追いながら・・・

やがて南の空を凝視している。

皆泣きはらした眼で見つめている。

嗚咽がもれていた。

とうとう一人が わっと泣きだすと

堰を切ったように皆も泣きだした。

幾度か繰り返された

決別の光景であった。

知覧町」

真っ暗な中、少数機で、

密かに特攻出撃する場合も多く、

ここに記されたように、

ちゃんと見送られた特攻隊員は、

悲しいながらも

恵まれた人たちかも知れません。

「映画

俺は、君のためにこそ死にゆく」ロケ地。

こちらの映画も知りませんが、

石碑に書かれた映画の内容を

抜粋してみます。

「映画は、特攻基地のおかれた知覧町で、

食堂を経営しながら兵士と関わった

鳥濱トメさんや知覧高等女学校生徒、

そして特攻兵士自身の家族との

人間愛が描かれています。」

Wikipediaによれば、

脚本と製作総指揮は石原慎太郎、

鳥濱トメさん役は岸惠子と

記されていますので、

相当に気になる映画ですね!

この映画のロケ現場の各所には、

同型の石碑があり

知覧と「俺は、・・・」の映画とが、

密接に関わっている事も理解できます。

三角兵舎跡

次に三角兵舎跡へ。

知覧特攻平和会館から

少し離れた周辺部には、

数々の特攻基地関係の遺構があり、

それぞれの場所に駐車場が

完備されているので、

「駐車場ストレス」はゼロです(笑)

ここも「俺は、・・・」ロケ地です。

エントランスの石碑。

「旧陸軍特攻基地

「三角兵舎」跡」

以下、全文です。

「国敗れて山河あり。

夏草やつわものどもが夢のあと

この台地は当時の三角兵舎の跡です。

特攻出撃の命を受けた隊員は

人生最後の夢をここで結びました。

出撃を明日にひかえた夜みた夢は、

敵空母轟沈か、それとも母の夢か、

やさしかったおかあさん、

親不孝をわびつゝ

つい「おかあさん」と

呼んだかもしれない。

隊員はまだ若かった。

極限の世界の中で母の面影のみが、

彼らの心の中を占めていた。

「永遠の母」

それは隊員の身が知っている。

知覧町」

・・・言葉もありません・・・

散策路は完璧!

しかし、この急坂、

お尻の筋肉には相当こたえます(笑)

ここは苔むした参道のようですね・・

いや、

ここは間違いなく、

慰霊の場への「参道」です。

到着。

81年前、

三角兵舎がここにあったのか・・・

慰霊碑へ向かおうとしたその時、

シオカラトンボが飛んできて、

僕の手に止まったのです!

トンボに化身した

特攻隊のご英霊が来てくれたんだと

妻と二人して感動したのは

言うまでもありません。

さらに、

ここを離れる直前にも、

驚きの感動体験があったのですが、

それは後で書く事とします。

慰霊碑に参拝。

「由来」

以下抜粋です。

「三角兵舎は飛行場周辺の

松林の中に散在していました。

半地下式木造のバラック建で、

地上には三角の屋根しか見えず、

屋根の上には大きな木を横倒しにして

擬装されていました。

この地はその一つの

三角兵舎の跡地であります。

当時の隊員の心情をしのび、

みたまを慰め、とこしえのご冥福と

平和を祈念するものであります。」

特攻隊員の世話をした

高等女学校の生徒が、

「特攻日記」と言うもをつけ、

その日記の一部が紹介されています。

三角兵舎跡の案内板。

案内板の前に区画された

実際の三角兵舎跡。

この写真を撮影後、

右下のプレートを撮るため

近くまで移動した後、

スマホを構え、

シャッターを切ろうとした瞬間、

さっきのシオカラトンボが飛んできて、

プレートの端っこに

ちょこんと止まったのです!

いや〜これには僕も妻も

鳥肌が立ってしまいました!

トンボちゃんは間違いなく、

ご英霊に違いありません・・・

 

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