2017/12/04

艮(うしとら)神社の大楠(広島県尾道市)

 

艮と良

僕は漢字を読み間違える

天才かも知れません(笑)

今回も「うしとらじんじゃ」を

「りょうじんじゃ」とばかり

思い込んでいました。

もっとも今年になって

お城巡りをはじめてからは

「艮櫓」(うしとらやぐら)のように

意外と多く「艮」の文字に接するようになり

歴史を知れば当たり前の漢字なんだ

ということが分かりました。

また、「艮」(うしとら)という意味は

方角の北東のことで、

鬼門(きもん)にあたるので、

家の玄関(入り口)を

作ったりしない方角ということも

還暦間近になって知ったのです(笑)

その鬼門を守る場所に

建てられたのが艮神社なのかと思ったら

サイトで調べると

いくつもの意見や見解があって、

そうとも言い切れないようです(笑)

艮神社へ

御袖天満宮から坂道を下っていくと

千光寺ロープウェイ乗り場があり、

そのすぐ左隣が艮神社の境内入り口です。

すでにこのあたりも

映画やアニメの聖地になっていて、

尾道で聖地以外を巡るのは

難しいようですね(笑)

神額にも屋根が付けられていて、

見た目にも重厚です。

そして、艮神社名物?

境内上のロープウェイのネット(笑)

神社の上、神様の上を

ロープウェイが通るなんて、

どんな光景なんだろうと思っていたら、

来ました!

艮神社上空のゴンドラ。

こちらはロープウェイ乗り場から見た

艮神社です。

樹齢900年とも言われる

境内の大クスの美しい形が良くわかり、

その背後のクス群とともに

神社全体が「クスの森」のように見えます。

そして、山の上に小さく見えているのが

千光寺です。

拝殿に向かいます。

手水舎。

一枚岩をくり抜いた贅沢な造りですね。

水は亀の口からいただきます。

御社殿敷地に上る階段下で、

素晴らしい光景が見えて来ました。

この大クス、

枝振りが群を抜いてカッコいいですね!

拝殿と大クスとの位置関係も完璧!

説明によるとこのクスノキ、

一時期は枯れかかっていたそうです。

ここまで樹勢が回復したのは、

人の愛なんでしょう。

この拝殿向かって右の大クスと反対の

左側には、巨大な石もあります。

拝殿の半分の高さくらいある

圧倒される巨石です。

注連縄が張ってあり、

こちらもクスノキとともに

神様をお守りしています。

拝殿の左側の巨石が

先ほどのアップ写真のものです。

比較すると大きさがわかりますね!

また、この拝殿は、

千木(ちぎ)と呼ばれる屋根の上についた

V型の装飾が、立て削ぎ

(地面に向かって直角に削いである)と

横削ぎ(地面に向かって水平に削いである)

の混合になっていて、

とても珍しい造りです。

そして、艮神社は狛犬が

いい味出しているんですよ!

御社殿に向かって右側なので、

恐らく「阿形」の狛犬でしょうが、

顔が崩れていて表情は分かりません。

しかも前足も壊れたのか

コンクリートで継いであり

足の先だけ指の形を彫ってあります。

こちらは「吽形」でしょう。

なんだか、オットセイのように見えるのは

僕だけでしょうか(笑)

古くなり、ボロボロになって、

もはや打ち捨てられても仕方ないものを

100%は修復出来なくても、

形あるところを

「大切に残して行くよ!」という

神社や氏子さん達の愛情が伝わって来て、

僕はほっこりした気持ちにさせられました。

この狛犬が100年経ってもここに

いて欲しいと、心から願います。

神社の裏手、本殿に向かいます。

クスノキや多くの木々にかこまれた

この佇まい、

神様のお住まいとして完璧と言えますね。

伊勢神宮と同じ形の古代建築を思わせる

「神明(しんめい)造り」で、

これもまたここの場所に溶け込んでいます。

拝殿の左横から撮影。

何度見てもこの大クスの枝振りに

ため息がでます。

艮神社は巨木と巨石と狛犬に守られた、

心鎮まる穏やかな空間でした。

そして、最後に境内社にも参拝。

金山彦神社。

社務所で御朱印をいただき参拝は完了です…

と言いたいとこれですが、

忘れていました〜!

ツーショット写真(笑)

今日の癒し

「ごーかく」絵馬に癒されました。

五画=ごーかく

やっぱり人生、ユーモアが一番!

 

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Comment

  1. 越智秀二 より:

    この巨石は、よく見ると表面が少し異なります。明らかに新しい面と古い面からできていて、割れた形跡があります。おそらく西側の千光寺の山麓のどこかから崩落し、その時に割れたものと思われます。806年創建のこの神社の歴史上、そのようなことが起きていれば当然記録に残っていると思われますが、それはありません。806年は中国に留学していた空海が帰国した年で、帰路の途中に対岸の今治(玉川町畑寺)の光林寺に立ち寄った記録があるとのことで、尾道にもその時来たのではないでしょうか。千光寺は806年、空海の開基によるとされています。ここにある巨石が崩落する出来事は巨大な地震であると考えられます。684年に起きた南海トラフ地震は四国沖から静岡県までの範囲で甚大な被害が出ている可能性が高く、この地域の沖合一帯で起きる地震であれば、1707年の宝永地震級(M8.7-9.2)と考えられます。千光寺のように独立峰では山頂付近で揺れが増幅され、山の巨石も崩落しやすかったといえます。中国留学から帰国した空海がこの光景を見て、ここに千光寺を開こうと思ったのはある意味当然のことだったのかもしれません。年代測定されたものはないですが、それくらいのことが起きたといえるものです。

    • tabibito1722 より:

      越智秀二様

      こんにちは、管理人の山本です。
      巨石についての詳しい解説を
      本当にありがとうございます。
      大変わかり易いお話のおかげで、
      なんだか崩落した巨石を
      空海が眺めている姿が、
      姿が目に浮かんできました(笑)
      次回、千光寺、艮神社に行ったときは、
      このお話をを思いつつ
      巡ってみたいと思います!

  2. 越智秀二 より:

    684年の地震とは「白鳳地震」と呼ばれている地震で、この時、対岸の今治市では、港が干上がって使えなくなり、今の櫻井あたりの海岸がそのみなとがわりになったとのことです(朝倉村誌)

    • tabibito1722 より:

      越智秀二様

      追記、感謝です。
      今治市の港が干上がったとは、
      想像出来ないくらいの
      大地震だったのでしょう・・・
      櫻井という地名は初めて知りましたが、
      ネットで調べると、実に魅力的な町ですね!
      早速、将来の旅先候補に入れております。

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