2022/02/09

横須賀城(静岡県掛川市)前編

 

玉石垣

他ではあまり類を見ない

玉石垣が積まれた横須賀城。

僕が城好きになって、少し経った頃

その存在を知り、

かなり気になっていましたが、

念ずれば通じるもの?

ようやく玉石垣と

ご対面の運びとなりました(笑)

横須賀城へ

福岡~静岡パッケージツアーのホテルは、

静岡市内のスマイルホテル静岡

半年ちょっと前、山中城石垣山城

小田原城へ行った時に

泊まったのと同じホテルです。

午前6時30分、

快適な一夜を提供してくれた

スマイルホテルから車で出発。

一般道で掛川市の

横須賀城へと向かったのですが、

バイパス通過途中、事故で大渋滞(汗)

どうするか?

そう思った時に妻の雄叫びが・・

「この先、左に行ってみたら?」

そのお言葉に素直に従い、

左に折れ、途中で車を止め、

高速道路を使うルートを再検索。

結果は、予定時間通り、

8時過ぎに到着。

「老いては妻に従え(笑)」の

格言通りにして良かった!

横須賀城第二駐車場

先人たちのお知恵を拝借し、

お目当ての玉石垣に一番近い、

第二駐車場を使用。

これはホント大正解でした!

駐車場から既に玉石垣が見えています!

縄張り図を確認。

案内も詳しく掲示されています。

内容を僕なりの文章にまとめると

「横須賀城は、徳川家康が、

武田軍の籠もる、

高天神城攻略のため、

臨時に築いた陣城(附城)でしたが、

その後、明治維新まで存続した

稀有な城で、

玉石積の石垣が特徴です。

また、横須賀城主を務めた後、

福知山城主久留米城主となった

有馬豊氏や、

徳川御三家の一つ、

紀伊徳川家となった

家康の十男、徳川頼宣も

歴代城主として名を連ねています。」

このようになります。

大手門周辺

まずは大手門周辺へ。

玉石垣~~~!(笑)

横須賀城に到着した時は

曇っていましたが、

お城散策の

終盤に太陽が出てきてくれたので、

これはその時の写真を使っています。

動画でも撮影。

東側から斜めに撮影。

東側の玉石垣。

玉石と妻の大きさを比較。

意外と石は大きいのです!

それにしても、

丸っこい石は積みにくそうですね。

案内。

玉石垣の出土状況と

復元整備方法などが

丁寧に説明されています。

櫓門跡。

埋門のようなものもあります。

櫓門跡から一段上がった所。

本丸南斜面中段。

遺構の案内。

「この区域の北側と東側からは、

五段目までの石積みが残る

石垣が出土しました。

北側の石垣部分からは、

塀に使われた瓦が石垣上部から

落下した形で出土しました。」

このように書かれています。

本丸に背を向けて、

櫓門方面を撮影。

霞んではいますが、

遠くには遠州灘も見えています。

本丸下の曲輪から見た

海側の風景。

本丸

この城の最上部の本丸へ。

といっても石段を二つ登れば

すぐに到達出来ますが(笑)

本丸全景。

そして、

ここで素晴らしいものを発見!

横須賀城のジオラマですよ!

いきなりテンションがアップする僕、

いつもの如く、至って冷静な妻(笑)

本丸や玉石垣部分をアップ。

歴代城主も記されています。

天守台跡。

天守台跡アップ。

ここも玉石垣ですね。

案内文を書き起こすと、

「横須賀城の天守は建て坪40坪余、

4層の建物と記録されています。

ここからは礎石と礎石を抜き取った穴が

おおよそ2mの間隔で

碁盤目状に27箇所検出され

天守跡と考えられています。

天守台周囲には低い石垣があり、

東南隅には入口と考えられる

スロープがあります。

建物跡東側には、

砂利敷された平坦面があり、

北側には防御のための

土塁がありました。

天守台の周囲からは

天守に使われた瓦が多量に出土しており、

西側からは鯱瓦の頭部が

南側からは尾の部分が出土しました。」

このようになります。

入り口がスロープだったなんて、

これって最古の

バリアフリーでしょうか?

北側の土塁。

西の丸

次に西の丸へ。

本丸から西の丸への

門構えを椿の生垣で表現しています。

実は、

横須賀城の素晴らしさは

玉石垣だけでなく、、

この「椿」にもあります。

ここでは全ての曲輪を

土塀に見立てた椿の生垣で囲っていて、

しかもそれらは

美しく剪定されているのです。

そんな姿を見ると、

横須賀城への「深い愛情」を

感じられ、僕達は散策中、

ずっと心が癒やされていました。

西の丸全景。

西の丸西斜面の石段の案内。

「本物の遺構の石材は

地元産の砂岩質の川原石です。

この石は表面がすべすべした石で

雨の日は滑りやすくなるため、

復元では石の表面がでこぼこして滑りにくい

木曽石を使用しています。」

このように書かれ、

本物の遺構は全て地中に埋め戻され、

保存されています。

西の丸下に到着。

この後は、西の丸下から、

本丸下、松尾丸方面へと歩きます。

(続く)

本日のアマテラス様

本丸を歩いていると曇り空から

いきなり光が射してきました。

アマテラス様、

ありがとうございます!(笑)

 

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