瑞巌寺(宮城県松島町)法身窟
四寺廻廊・結願(けちがん)
「四寺廻廊」というのは、
平安時代、慈覚大師円仁が創建した、
みちのく(東北)の四つのお寺、
山形県の立石寺(山寺)、
宮城県の瑞巌寺を巡拝することです。
僕たちはここ瑞巌寺の参拝で、
めでたく四寺廻廊の結願となりました。
お寺の御朱印集めは
していませんが、
寺務所に掲げられた
「四寺廻廊御朱印所」の文字を見て、
改めて、慈覚大師円仁さんの
足跡を辿れた達成感というか、
充実感を味合わせていただきました。
たかが案内板・・
されど案内板ですね!(笑)
ブロンズ製延命地蔵
拝観料支払い場所に到着。
右が拝観券自動販売所ですが、
ますは左側のお地蔵様へと向かいます。
延命地蔵。
案内には、
江戸時代末期、
文久三年(1863)の鋳造と
書かれています。
幸運にも第二次大戦の金属供出も免れ
しっかり「生き延びて」いますので、
「延命地蔵」で間違いありません!(笑)
優しいオーラが溢れています。
口角の上がった上品な笑顔、
なんとも癒されますな〜!
こちらはお地蔵様の左側に建つ
金属製の燈籠ですが、
いわれなどは書かれていません。
法身窟(ほっしんくつ)
ここから有料区域へ。
拝観券自動券売所。
Suicaでも支払える
合理的かつスマートな券売所です。
・・と書きながらも僕たちは、
Suicaではなく現金で支払い(笑)
寺務所で改札完了。
ここで、冒頭に書いた、
「四寺廻廊御朱印所」の案内板で
テンション爆上がりし(笑)
寺務所向かいの法身窟へ。
めっちゃカッコいい法身窟の案内。
傘をかざしたお坊さんの姿、
決まってますな〜!
法身窟の全景。
案内を要約すると
以下になります。
「鎌倉時代中期、
諸国行脚中の北条時頼が、
後に臨済宗円福寺の開山となる
法身性西(法身性才 俗に真壁平四郎)と
出会った場所と伝えられている。
窟内には時頼の法名碑・
当山中興雲居国師行状碑・
三陸海嘯供養碑等が納められている。」
ちなみに「海嘯」とは津波の事です。
まずは参拝。
真ん中の大きいものには
「中興」の文字が見えますので、
当山中興雲居国師行状碑でしょう。
その右側の碑には
「三陸海嘯死者供養塔」と刻まれています。
巌窟右側の石には、
文化十四年と、享年二十三の文字が
確認できますので、
墓石なのでしょう・・参拝。
こちらは
「六地蔵塔 青銅製
貞享五年(1688)」と
案内されています。
「鎮海観音像」
微かに岩に刻まれた
観音様が見えています。
観音像についての案内。
これを読んだ時、
目の前の石に
二体の観音が刻まれていると思い、
妻と二人で何度も見返しましたが、
一体しか確認できず・・・
しかし、
このブログを書いていて、
見えなかった意味が
ようやくわかりました・・
反対側(巌窟の右側)に建つ巨大な岩が、
案内に書かれている
「楊柳」観音だったのです・・(汗)
理解するまでに約2ヶ月、
それでも理解できたので、
OKでしょう!(笑)
(続く)