馬場美濃守信房の墓(愛知県新城市)

 

体力消耗戦

長篠城址史跡保存館

いただいたのが、

こちらの散策マップ(案内)です。

長篠城から

馬場信房の墓、

鳥居強右衛門の墓、

鳥居強右衛門磔死の碑、

長篠城の本丸が川越に眺められる、

牛渕橋、そして、鳥居駅までのコース。

マップだと左半分を巡るのですが、

車を保存館に置いているので、

鳥居駅には行かず、

牛渕橋から右側へ歩き、

文化橋を渡り、長篠駅を通って、

保存館まで5Km近くを

1時間半かけて歩く

まさに、

体力消耗戦でした(笑)

鳥居強右衛門呼びかけの所

マップはいただいたものの、

道には案内板的なものは少なく、

妻と相談しながらスタート。

以前は妻に相談しても

「私に聞いても全然わからん!」としか

言わなかった妻ですが、

相談出来るほどに成長しているのが

有り難し!(笑)

「弾正郭」の文字の

左側に付けた白枠の矢印と

その下の「家老屋敷」の上に

付けた赤色の矢印の二つが、

散策最初の見所です。

弾正郭跡。

民家の入口っぽかたので、

遠慮して奥までは入っていません。

弾正郭の向かいの家老屋敷跡。

そして、この写真の右端に

文字が薄くなり、

斜めに倒れそうになった

古~い案内があります。

よ~く見ると

「鳥居強右衛門呼びかけの所」

と書かれています。

武田方に包囲された長篠城を

川を泳いで抜け出し、

岡崎まで走り

援軍が来るのを確認後、

戻って来たところを武田方に捕まり、

「援軍は来ないと言えば命は助ける」

そう言われながら、

ここから弾正郭に向けて、

「援軍が来るからあと少し頑張れ!」

そう呼びかけた場所なんですよ!

散策地図にも載っていないし、

城の縄張り図にもないので、

この案内に気づかなければ、

見逃していたでしょう・・・

でも確認出来て良かった!

馬場美濃守信房の墓

引き続き馬場さんのお墓へ。

案内の矢印方向が

あまり揃っていないので、

どうしても迷ってしまいますが、

ここも妻の指南で、難なくクリア(笑)

田んぼの中の

大きな木の下がお墓のようです。

到着。

反対側から撮影。

「天正3年(1575)

長篠の戦いに敗れて退却する、

武田勝頼の最後尾(殿=しんがり)を

守り抜いて戦死した、

馬場美濃守信房の

首を埋めた場所といわれている。」

このように書かれています。

お墓へ。

武田晴信、信玄、勝頼と

三代の主君に仕えてきた忠臣で、

多くの戦いや築城で活躍し、

この戦いの時は、61歳。

最後の主君勝頼を逃がす為に

死を顧みず戦った馬場美濃守に

心から合掌・・・

 

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