知覧茶屋(鹿児島県南九州市)
「玉子丼」
知覧特攻平和会館で見る、
特攻隊員たちの膨大な遺書は、
軍の厳しい「検閲」を通る、
「表向き」のもので、
決して本心だけではありません・・・
隊員が「本音で書いた遺書」は、
特攻の母と呼ばれ、
隊員たちの心の支えともなっていた
富屋食堂の鳥濱(鳥浜)トメさんが、
命懸けで特攻隊員の家族に
送り届けたそうです・・・
そんなトメさんが特攻隊員たちに
振る舞ったのが「玉子丼」です。
明日出撃と決まった隊員の
この世を思う虚しさのいくばくかは、
トメさんの玉子丼が、
埋めてくれたものだと信じています・・・
知覧茶屋へ
紫電改のプロペラと
陸軍四式戦闘機「疾風」に感動後、
トメさんの曾孫さんが経営される、
知覧茶屋へと向かいます。

平和会館前の参道。

茶屋はこの奥ですが、
手前の巨大な急須が、
めっちゃ気になります(笑)

滝のように流れるお茶を飲む妻!
「湯呑みの下から足が見えないように
ジャンプして」と
リクエストした僕の要望に
完璧に答えてくれた妻、
本当にありがとう!

さらに奥へ。

知覧茶屋に到着。
店の前には、
トメさんの言葉や、
関連するものが置かれています。

「散るために
咲いてくれたか さくら 花
ちるほど ものの
みごと なり けり
特攻の母 鳥濱とめ」

薬師丸ひろ子のサイン、
めちゃ普通の文字ですね!
(感動のツボが違うか?汗)

「特攻の母と呼ばれた、「鳥浜トメ」。
トメが隊員の方々と過ごした、
富屋食堂。
その富屋食堂は昭和五十年道路拡張工事の為
取り壊されました。
トメは、知覧に訪れた遺族の方々の為、
昭和六十三年知覧茶屋を開店しました。
その後も特攻平和観音堂への参拝を続けて
平成四年四月に世を去りました。
知覧茶屋を開店当初から共に経営していた孫
明久も令和三年七月に世を去り
現在は曾孫 拳大により経営しております。
富屋食堂は、元の場所に復元され
特攻の母と呼ばれた鳥浜トメの資料館
「ホタル館 富屋食堂」として
鳥浜家により真実を伝え続けています。」
右上の写真、
遠くを見つめるトメさんの
視線の先にあるのは、
若くして国に殉じた
若者達の姿かも知れません・・・
玉子丼
開店直後に入店。

まだお客さんは少ないものの
僕たちが入ってまもなく、
満席になっていました。

隣の座敷の奥に何か見えます・・

お〜戦闘機「隼」の風防ですよ!
「陸軍省指定食堂」と
古い富屋食堂の看板もあります。
食堂の看板には、
「電話一三」と記され、
当時は二桁の番号で間に合うほど
電話が少なかった事が知れます・・
そして13は妻のラッキーナンバー(笑)
富屋食堂の電話番号と同じとは、
妻の引きの強さなんでしょうか?
そんなことを考えていたら、
お茶が到着。

氷入りの知覧茶(多分)。
めっちゃ冷たくて
美味しかった〜!

メニュー表。

釜めし推しのようです・・・
隣の若い女性も、後ろの家族も
釜飯を注文していましたので、
きっと評判いいのでしょう!

ラインナップ多し!

うどんやラーメン、丼ものもあります。

お土産とホタル館の紹介。
「一つしかない命を
投げ捨てて散っていった
若者達の事を・・・
忘れてはならない
鳥浜トメ」
まさに・・その通り・・
そして僕たちが頼んだのがこちらです。

蓋を開けると・・・

玉子丼!!
メニューには載っていませんが、
「裏メニュー」で頼める事を
知っていた僕たちは、
躊躇する事なく玉子丼にしました。

玉子丼アップ。
卵のとろ〜り感がもうたまらん!

貝汁も美味し!

妻食らう!
幼い頃から玉子丼が大好きだった妻、
前世では知覧の特攻隊も
やっていたかも知れません(笑)

僕も食らう。

妻、完食!

僕も完食。
トメさん曾孫さん、ご馳走様でした!