知覧特攻平和会館/三角兵舎(復元)

 

体験出来る意義

特攻隊員が出撃前、

人生の最後を過ごした

三角兵舎と呼ばれる、

竪穴式住居のような建物は、

知覧特攻平和会館の庭に、

「実物大模型」として、

その姿が再現されています。

実際の三角兵舎はもっと辺鄙な山奥にあり、

今はその跡地のみになっていますので、

「目に見えて体験できる」ものが、

慰霊施設の側にあることは、

大いに意義があると思います。

特攻隊員の気持を追体験なんて、

とんでもなく出来ませんが、

三角兵舎に入るだけでも

人生観は変わるかも知れません・・・

外観

館内の見学後、

隣の三角兵舎へ。

安普請の看板でなく、

高級な石材を使った案内に、

散華された特攻隊員への

深い敬意を感じます。

僕たちは2回目の訪問ですが、

妻はほぼ忘れていました(汗)

木々の中に隠れるように立つ三角兵舎。

正面。

「三角兵舎」

以下、全文です。

「三角兵舎は特攻隊員の

宿舎でありました。

敵の目を欺くため、

松林の中に半地下壕をつくり、

屋根には杉の幼木をかぶせ

擬装してありました。

各地から集まった隊員は

二〜三日後には雲のかなた

沖縄の空に散華されました。

出撃の前夜には壮行会が催され、

酒を汲みかわしながら隊歌をうたい、

薄暗い裸電球の下で遺書を書き、

また別れの手紙をしたためて、

出撃して征ったのです。

ここの三角兵舎を復元し

当時をしのぶ

よすがとするものであります。」

兵舎前の「庄覧平和観音像」。

由来には、

「富山県砺波市庄川町在住の

石像彫刻家・水本一太郎氏のご厚意により

知覧特攻平和会館へ寄贈されたものです。

庄川町と知覧町の

永久なる平和と繁栄友好を記念し

一字づつもらって「庄覧平和観音像」と

命名したものです。」

このように記されています。

内覧

兵舎内へ。

部屋全景。

当時のトランクでしょうか・・

兵士たちの笑顔の多くは、

恐らく宣伝用のもの・・・

本当の心の中は、

悔しさと涙しかなかったでしょう・・・

ここに佇み、考えるだけで、

胸が張り裂けそうですよ・・・

兵舎を出る前に、

妻は特攻隊のご英霊に敬礼!

知覧特攻平和会館、

最後はこれしかありません(笑)

 

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