鹿島城(佐賀県鹿島市)後編

 

本丸の中に建つ学校

城巡りをしていると

「城跡に建てられた学校」に

遭遇することがあります。

過去に訪問したお城では、

大分県の日出城

宮崎県の飫肥城

兵庫県の龍野城

奈良県の多聞山城郡山城などがあり、

思い出してみると意外と多いものです。

そして、城跡の学校として、

僕達の思い出に新たに加わったのが、

ここ鹿島城で、

現在、お城の中枢、本丸跡には

鹿島高校があり、この学校では、

鹿島城、本丸屋敷の門であった

赤門と言われる巨大な薬医門が、

「校門」として現役で使われていて、

生徒達は、毎日、江戸時代建立の門を

くぐって登校出来るという

殿様クラスの贅沢な待遇を

与えられています(笑)

大手門

鹿島城は佐賀の乱で

建造物のほとんどは焼失していますが、

冒頭の「赤門」と「大手門」の二つだけは、

当時のものがそのまま残っています。

鹿島城の前編で書いたのは、

左側の赤枠部分、

今回の後編では右側の青枠部分の

お話ですが、大手門は青枠の右上よりも

ずっと右側なので、

この地図には載っていません。

本丸付近から、歩くこと約5分、

大手門に到着です。

高校の前にあった案内では、

「屋根が切妻造り本瓦葺で、

高麗門という形式の門で、

背後の控え柱の上にも小屋根をかけます。

昭和27年(1952)に、

現在の丹塗りに塗り替えられました。」

このように書かれています。

「杏葉の紋」があしらわれた貫柱。

さがの歴史・文化お宝帳

というサイトによれば、

「鍋島家の紋は杏葉の紋である。

「藩翰譜」によれば、鍋島直茂が

今山の戦いに勝利したことにより、

敵大友八郎の紋をわが紋にしたとあり、

それまで用いられていた剣菱紋は、

以後かえ紋として使用されたようである。」

このように書かれています。

真横から撮影。

切妻屋根と控え柱の屋根の形が、

良くわかります。

城内側から撮影。

ここから本丸、赤門までは、

お城時代のままに残る、

クランク状の道になっていて、

攻めての気分で、

楽しく歩く事ができます。

左折れ。

右折れ。

左からまた右。

今度は左。

ここは一直線で本丸付近へ。

最後の左折れ。

また右に折れて、

正面が本丸の赤門です。

赤門

案内によると

「赤門は、本丸屋敷の正門で、

古くから丹塗であることから「赤門」として

市民に親しまれています。

門の構造は、屋根が切妻造り桟瓦葺で

「薬医門」という形式の門で、

正面右側には番所が附属します。

赤門の修理の時に

発見された棟札には、

「天地地祇八百万神守護御門安全

城主藤原朝臣直彜

文化五戊辰閏六月廿八日」と

書かれてあり、

鹿島城が落成して1年後の

文化5年(1808)の

建立とわかります。」

このように書かれています。

「藤原朝臣直彜」とは、

鹿島藩9代藩主、

鍋島直彜(なおのり)の事で、

この藩主の八百万の神様へのお願いは、

佐賀の乱で焼けずにすんだ事で、

成就していますね(笑)

正面から。

斜めからだと番所も見えています。

番所側から撮影。

内側は学校の敷地なので、

撮影は遠慮しました・・・。

野外博物館

赤門の前には、

野外博物館と題された、

案内があります。

全景。

案内。

ガイダンスセンターや

資料館などは、あれば便利ですが、

その維持管理が大変ですので、

「野外博物館」という発想は、

なかなか素晴らしいと思います!

そんな展示の中からいくつかを

紹介してみます。

「鹿島藩の成り立ちと「常広城」

この中で、

鹿島城が出来以前、

藩主の居城だった、

「常広城」のものと伝わる門が、

近くのお寺の山門として移築され、

現存していることを知りました。

お陰で、この後、

訪問することが出来たので、

野外博物館は最強と言えます(笑)

鹿島城の縄張りと遺構。

実にわかりやすく案内されています。

「藩校、「弘文館」と私塾「藍田塾」

弘文館について案内を超訳すると

「安政6年(1859)

13代藩主鍋島直彬(なおよし)により

藩校、徳壌館が、「弘文館」と改称される。

現在の鹿島高校のほぼ正面に、

堀を隔てて建っていて、

教育を通じ幕末の人材の育成に貢献」

このようになります。

また、藍田塾については、

「弘文館の教授となった谷口藍田は、

18歳で日田にある

廣瀬淡窓咸宜園に入り、

塾長となります。

明治2年(1869)に

藩主鍋島直彬の招きで、

弘文館の教授となり

藩の権大参事も兼任した。」

このようになります。

この人も大村益次郎など

著名な方々と共に、

廣瀬淡窓の咸宜園出身だったのですね!

そして、これらに関連するのが、

次の3枚の写真です。

鹿島高校前の弘文館跡。

谷口藍田記念碑。

大手門からの道脇にある

藍田塾跡の碑。

最後に招魂碑に参拝して、

鹿島城の散策は完了です・・・

が・・・

ツーショット撮り忘れた~(笑)

今日の注目

大手門から本丸へ行く

クランク状の道で見つけた消火栓。

「火消道具」の文字と、

和風な外観に、

設置した方のセンスが光ってます!

 

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