河口湖自動車博物館・飛行館/最終章

 

飛行館のヒーロー

飛行館訪問の物質的な目的は、

本物の戦闘機などですが、

精神的な目的は、

彩雲の復元を手がける匠、

「I氏」にお会いする事でした。

特に妻はこの願望が強かったようです。

そして、運が良い事に、

僕たちが行った時間、

「I氏」はいらっしゃったのです。

飛行館を出る直前、

スタッフの男性に、

「I氏と一緒に写真撮りたいのですが」

とお願いすると、

「Iさんは当館のヒーローになってます!

ちょっと呼んで来ますね!」

そう言われ、

間もなくI氏がやって来られました。

まずは、妻と僕に

固い握手をしていただき大感動!

その後、

サービス精神旺盛な係の方は、

縦横何枚もの写真を撮って下さり、

恐縮するほどでしたが、

本物のI氏は、

YouTubeで拝見していた時と同じ、

スゴ技を持つ人とは思えないほど

実に謙虚な方で、

妻は、改めて惚れ直していました(笑)

憧れのヒーローに出会え、

ピースサインで満面の笑みの妻。

僕たちの「圧」でI氏は、

小さくなられているような(笑)

(敬意を持ってお顔は消しています)

何枚も撮っていただいた

こちらの写真は特に、

I氏のお人柄が滲み出ていて、

僕たちにとって、

珠玉の一枚となっています。

I氏、そして、撮影してくださった

スタッフのお兄様、

本当にありがとうございます。

おかげさまで、

かけがえのない思い出になりました!

赤とんぼ

ゼロ戦の次は、赤とんぼ。

「赤とんぼ」とは、練習機の愛称で、

本物のトンボではありません(笑)

「九三式中間練習機」

「天井展示の複葉機は、

旧日本海軍の操縦士養成用練習機です。

海軍のパイロットはこの機で、

高度な操縦技術を身につけました。

三菱や中島飛行機など

海軍と関係を持つほとんどの

航空機製造メーカーにより、

5,800機もの機体が生産されています。

練習中に海に落ちても見つけやすいよう、

尾翼が朱色に塗られていたことから

通称「赤とんぼ」と呼ばれていました。」

尾翼のみが塗られて、

あとはシルバーの機体で、

配色がオシャレですね!

この3月、熊本県の

「ひみつ基地ミュージアム」で見た

実物大模型は、

全て朱赤で塗られていました。

こちらがその機体です。

調べてみると、

初期型は全体がシルバー基調で、尾翼が赤、

その後全体が赤に塗られたようです。

「カ753」の「カ」は、

霞ヶ浦海軍航空隊の

「カ」でしょうカ?(笑)

後方から飛びゆく赤とんぼを見送る・・

最後は特攻機として使用され、

たった一機で、

駆逐艦一隻を沈めるという

武勲機でもあります・・・

でも、

ずっと練習機でいて欲しかった・・・

剣

特攻繋がりで次は「剣」です。

「中島 特殊攻撃機〈剣〉」

「固定武装は爆弾のみという

この自爆特攻専用機は、

開発開始からたったの1か月で

試作機が完成し、

制式化されて100機余りが生産された。

だが、あまりに操縦しづらかったため

訓練すらままならず、

海軍も〈藤花〉の名で使う予定だったが

制式化されないまま終戦を迎えた。

〈剣〉は、使われなかったことで

日本の多くの若者の命を救ったのだった。」

「本土決戦に備え、

敵の艦船や上陸用舟艇に

体当たり攻撃を加える目的で設計された

特攻専用機。

構造はきわめて簡素であり、

主翼を除く各部は、

鋼管や木材、ブリキ板などが用いられ、

脚は離陸後投下されるようになっていた。

固定武装はなく、

胴体下に半埋め込み式で

500〜800キロ爆弾が装着される。

出来上がった機体は熟練搭乗員でなければ

離陸も難しいものであったという。」

もしこれが、

次々に飛び立っていたらと思うと、

胸が詰まります・・・

敗戦で日本が失ったものは

多かったでしょう。

でも残されたものは、

それ以上に多かったと思います・・

その一つが「若い命」です。

今の日本を作る

原動力となった方々ですからね!

三面図。

外版の「ブリキ」。

物資が底をついてしまい、

最後の手段が「ブリキ」という訳ですね。

こちらの部品も「ブリキ」っぽい・・

これもブリキか?

本物が残されている写真。

返す返すもこれが使用されず、

本当に良かった・・・です。

エンジン

剣の部品と同じスペースに、

巨大な「エンジン」が鎮座しています。

これは自衛隊のジェット戦闘機だった、

F104のエンジン部分です。

「GE J79」

あの発明王エジソンが創業した

ゼネラル・エレクトリック社製のエンジンで、

僕たちは2年ほど前、

これと同じものを

日本で初めて動力飛行機を発明した

二宮忠八さんが創建された、

「飛行神社」で見ています。

ガラス張りの社殿に鎮座する「GE J79」。

まさかこれを

飛行館でも見られるとは、

僕たちは「GE J79」と

よほどご縁があるのかも知れません(笑)

航空自衛隊のF104は、

自動車館の屋上にも展示されていて、

源田実が試乗して、

日本への導入を決定づけた機体ですね。

こちらは、

ドイツのダイムラーベンツのエンジンを

愛知航空機がライセンス生産した

水冷の「アツタエンジン」です。

このエンジンを搭載した、

艦上爆撃機「彗星」の写真がありますが、

ドイツの細やかな技術を

再現するのは難しく、

整備が困難で、稼働率も悪く、

彗星はのちに空冷エンジンに変わっています。

この写真を見ていて気づいたのが、

外には、

初代ブルーインパルスのF86が

置かれていますね!

東京オリンピックで、

五輪を描いた機体の一つですが、

こんな重要なものに僕たちは気付かず、

外へ出ていません(汗)

しかひ今ここで見る事となったのは、

お隣のF104を選定し、

ブルーインパルスの創設者、

源田実さんの導きかもしれません!

彗星胴体前部。

エンジン内部。

シリンダー部分。

最後に

観覧を終え、

飛行館のヒーロI氏と写真を撮ってもらい、

充実感満載で館外へ出た途端、

さらなる感動が僕たちを待っていました。

お〜富士山が見えてる〜!!

来たときは雲に覆われていた富士山、

まるで僕たちを見送るように

頂上まで顔を出してくれています。

F104と富士山のコラボ、

これは素晴らしい!

最後は大喜びの妻と。

飛行館、

素晴らしい時間をありがとう!

(飛行館・完)

 

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