大田神社(福岡県糸島市)

 

PRは大切

夷巍寺(いきじ)の名残である

仁王門の案内には、

こんなに大きく、大田神社が

フューチャーされていました。

夷巍寺の説明にプラス、

近くの見所を紹介しているのです。

僕はこれがあったからこそ

「大田神社」の存在を知り、

足を運んだのでした。

やはりPR活動は大切ですね(笑)

大田神社へ

仁王門から来た道を少し戻り

スイッチバックのように脇道へと進みます。

参道手前の灯籠。

ここから少し上り道です。

左側の崖には所々、

大岩が見えています。

少し行くと、鳥居や石碑のようなものが、

見えてきました。

ここは江戸時代的な雰囲気で、

なかなか味わい深い場所ですね。

鳥居を守るかのように

クスノキがそびえています。

クスノキの根っこ部分は、

なかなかの迫力。

社号標。

社号の上部分が塗りつぶしてある位置には、

「村社」と書かれていたのでしょう。

戦後、GHQの出した

政教分離を目的とした

神道指令への配慮で、

このように社格を塗りつぶした神社は、

多く見かけますが、これを見るたびに

まだ戦後は終わっていないな・・・

なんて思います。

またこの石碑は、

今まであまり見たことがない

デザインで、漢字の「一」を

思い出させる横石が、小石を挟んで、

絶妙なバランスで横たわっていて、

その上の社号標は、

全くの水平を保っているのが、

当時の技術の素晴らしさかも知れません。

神額が取り外されて、

右下に置かれている鳥居。

寛政六年の文字が刻まれています。

西暦だと、1794年です。

200年以上も昔のものですから

神額が取れても、仕方がないですね。

「大山積神」「庚申神」と書かれた

石塔の背後に巨石があって、

この石が御神体のようになっています。

そして、上の車道からこの石を見ると

祠の存在がよくわかります。

巨石を神様の依代と考え、

祭ったのかも知れません。

また、この巨石は、

ここから5Kmほど東にある

神在神社の神石

相通づるものがある気もします。

さらに行くと、

これまた珍しい鳥居が見えてきます。

このボコボコ感は、風化ではありません。

全面を彫刻刀で削って作ったような

荒々しい造りの鳥居です!

こんなオリジナリティーに富んだ鳥居は、

初めて見ました。

拝殿前の狛犬。

吽形も迫力満点です。

拝殿にて参拝。

御由緒によると

ここにも神功皇后のお話があります。

「その昔神功皇后がここに

天目一箇神(あめのまひとつのかみ)

という山の鍛冶の神を祀られたという

貝原益軒がまとめた筑前国続風土記に

一貴山の一貴とは、「一箇」ではないかと

書かれている」

このように書かれ、相変わらず、

神功皇后の存在感は抜群でした。

本殿

拝殿の裏手に回ると、

側面がオープンな覆屋(鞘堂)に

囲まれたご本殿があります。

そして、この覆屋は、

中に入れるようになっていて、

間近で参拝が可能なのです。

作りも彫刻もなかなか素敵ですね!

屋根付きだけあって、

綺麗に保たれた御本殿ですね。

基礎部分を見ると、

石積みになっていますので、

やはり古いものでしょう。

あの案内板が無かったら、

こんなに素晴らしい本殿とは

出会えませんでした。

やはりPRは大切です(笑)

 

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