大洲神社(愛媛県大洲市)前編

 

1年ぶりの雨

朝からずっと曇り空だったのが、

大洲神社に来て、傘が必要なくらいの

雨になってきました。

旅で、雨に遭遇するのは、

昨年の出雲旅行以来、約1年ぶりです。

出雲の時は雨のお陰で、

全く予定外だった

島根県立古代出雲歴史博物館

訪問出来、最高の旅になったのですが、

今回の雨も、何かの幸運を

もたらしてくれるのかな?

と密かに期待(笑)

大洲神社へ

車を少し移動して、

そこから徒歩で神社へ。

大洲市内は、こじんまりした町なので、

徒歩での移動もそんなに大変では

ありません・・・が・・・

階段はまた別(笑)

階段発見。

今まで参拝した神社では、

見たことも無い高~い灯籠?が目印(笑)

昭和3年の建立です。

石垣も古い感じがいいですね。

少し息切れが・・・(汗)

と思ったその瞬間、

振り向いてみるとこんな光景が!

お~!!大洲城の天守ですよ!

台所櫓、高欄櫓も綺麗に見えて圧巻。

江戸時代、お城からも

こちらの神社を見て、

遥拝ていた人もいたかも知れません。

もうすぐ頂上。

手水舎。

御由緒。

何と栃木県宇都宮市の

二荒山(ふたあらやま)神社からの勧請です。

鎌倉時代、守護として派遣された

栃木出身の宇都宮氏が、

戦国時代まで大洲藩の藩主でした。

産土神(うぶすなのかみ)を

祭りたい気持ちもあるのでしょうか、

故郷の神社を勧請しているのは、

同じ、宇都宮氏が支配していた地域に残る

福岡県の岩戸見神社と同じパターンですね。

拝殿へ

美しい形の常夜燈。

反対側の常夜燈。

文政十三年(1830年)

魚市場の方々の奉納です。

文字の部分を黒く塗っていて、

読みやすくていいですね。

阿形の狛犬。

大阪・・・大阪に関係あるのか?

吽形の狛犬。

「防刕(州)」と刻まれているので、

山口の方の奉納でしょうか・・・

文政十年(1827年)

尾道の石工の作品です。

参拝。

賽銭箱には大洲藩主である

加藤家の黄金の家紋が!

ここにも真っ赤な蛇の目紋が沢山。

加藤家からの崇敬を受けているのは、

こんなところでも分かります。

そして、上の扁額には、

「神楽山」の文字。

御朱印にも同じく、

神楽山と書かれています。

「○○山○○寺」と言う風に

少しお寺みたいな言い方ですが、

「安楽山 大洲神社」

なんか、響きがカッコいい!

左が本殿、真ん中が幣殿、右が拝殿。

本殿。

千木のデザインが

出雲大社的で、カッコいいのは、

やはり御祭神が大国主と

その子供の事代主だからかも?

ちなみにその出雲大社はこちら。

去年参拝した時の写真です。

話は、大洲神社に戻って、

本殿の真裏。

ここからも参拝可能。

拝殿前の庇のおかげで、

雨が降っていても丁度よい

撮影場所となりました。

神様感謝です(笑)

 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください