佐嘉神社(令和8年9月)
「ついで」の参拝
令和8年9月20日(日)10時から、
佐賀市兵庫町に鎮座する
老松天満宮で行われた、
「トーク&座談会」に
ゲスト出演した後のスケジュールは、
■佐嘉神社横の肉まんじゅうを食べる
■佐賀城本丸歴史館で
○佐賀の八賢人おもてなし隊の寸劇を見る
こんな感じでした。
腹ペコの僕たちは、肉まんじゅうで
早くお腹を満たしたかったのですが、
しかしその前に、
佐嘉神社へご挨拶することに。
ということで、佐嘉神社、
めっちゃ「ついで」の参拝です(汗)
老松天満宮〜佐嘉神社へ
老松天満宮最寄りのバス停「瓦町」からは
西鉄バスを利用。

12時6分のバスが少し遅れて到着。

10分ほど乗車し、
佐嘉神社のすぐ手前のバス停、
「片田江」で降り、
徒歩10分ちょっとで佐嘉神社に到着です。
150ポンド砲
一の鳥居から参拝スタート。

鳥居の左側には、
佐賀藩を象徴するかのような、
巨大な大砲が見えています。

復元された150ポンド砲。

「佐賀藩鋳造鉄製150ポンド砲
わが国最初の鉄製カノン砲 復元」
以下、抜粋です。
「嘉永6年(1853)
ペリーが来航すると、
幕府は江戸湾防備のため
品川に台場を設置し
大砲を佐賀藩に注文した。
そこで佐賀藩では、
多布施に公儀用の反射炉を増築し、
(佐賀駅北口にその模型がある)
36ポンド砲25門を納めた。
さらに150ポンド砲3門を
幕府に献上した。
又当時、世界で最高の技術を要する
アームストロング砲を佐賀藩では、
元治、慶應年間に
3門鋳造することに成功している。」
この中に記された
「反射炉の模型」がこちらです。

今から7年前の2019年に、
佐賀駅北口で撮ったもので、
佐賀駅のリニューアル後は、
撤去されてしまい、
今は見る事はできません。
どこかに移設されていればいいのですが、
いったい何処に行ったのか、
改めて気になっています・・・
佐賀の七賢人
大砲の反対側には、
佐賀の七賢人の石碑があります。

七という数字、
語呂がいいのか、
賤ヶ岳の七本槍、七福神、
春の七草、世界七不思議など、
何でも「七」ばかりですね(笑)

佐賀の七賢人は、こちらの7名。
佐賀城本丸歴史館のおもてなし隊は、
これに枝吉神陽を加え、
八賢人として活動されています。
佐賀の吉田松陰と言われた枝吉神陽、
間違いなく、賢人ですね!
御社殿
道草を食いながら(笑)
ようやく神門へ。

お邪魔します!

拝殿へ。

参拝。

拝殿前にてツーショット完了。
アームストロング砲
拝殿向かって左側の回廊には、
もう一つの大砲、
アームストロング砲のレプリカがあります。

戊辰戦争の一つ、上野戦争では、
佐賀藩のアームストロング砲が、
戦いの帰趨を決したとも言われています。

正面から。

アームストロング砲の椎の実形砲弾。
窓乃梅
佐嘉神社から松原神社へ向かう途中、
見つけたのが、大桶と酒樽です。

これ、「窓乃梅」じゃないですか〜!
昨年末、
佐賀城本丸歴史館で観た寸劇
「散るもまた良し」で、
この「窓乃梅」を知ったのですから、
僕も妻もテンション爆上げです!

その時の一コマ、
(画像掲載は許可済)
殿(鍋島直正)自ら酒を注ぎ、
大木喬任の旅立ちを祝う場面で、
この「酒」からの流れで、
最後は「窓乃梅」への
展開となっていました。

「佐嘉神社 御祭神
鍋島直正公が愛飲した酒「窓乃梅」
以下、案内の抜粋です。
「酒蔵の横に咲き誇っていた白梅の花が
風に吹かれて酒蔵の窓より
仕込み前の桶に落花し
雪をかぶったようになった。
梅の花びらの浮かぶ桶の中から
かつてないほどの香りが漂いはじめ、
芳醇な香りと
旨さを兼ね備えた酒が誕生した。
献上された酒を直正公は大変お喜びになり、
その場で次の句をしたためられ、
銘を「窓乃梅」と名付けられた。
《年々に さかえさかえて 名さえ世に
香りみちたる 窓乃梅が香》」
寸劇でも鍋島直正公は、
この句を詠んでいましたね・・・

桶と妻のツーショット(笑)
こんなご縁をいただいた「窓乃梅」、
いつかは飲んでみないとですね!