2020/03/04

宝積寺(京都府大山崎町)

 

通称は「宝寺」

宝積寺のサイトでの寺院案内には

次のように書かれています。

「当宝積寺(ほうしゃくじ)は、

神亀元年724年、

聖武天皇の勅願により

行基によって開山され、

聖武天皇が夢で竜神から授けられたという

「打出」と「小槌」を祀っております。

通称は「宝寺」(たからでら)。

商売繁盛のお寺として知られています。

宝積寺は山崎の戦いの際に、

羽柴秀吉(豊臣秀吉)が

本陣を置いた寺でもあります。」

本堂のご本尊ではなく、

「打出」と「小槌」のお話が出てくるあたり

やはりここは「お宝の寺」ですから

ここから先は「宝寺」という通称で、

呼ぶこととします。

宝積寺へ

大山崎歴史資料館近くの

パーキングに車を置き、

天王山の麓付近にある

宝寺を目指します。

「銭原山寶寺」の寺号標。

ここでも「宝積寺」では無く、

寶(宝)寺という名前で

刻まれていますね。

この名前を見ただけで、

既にご利益をいただけた気分です(笑)

しかも、お寺の住所は、

「京都府乙訓郡大山崎町銭原1番地」

なのですから

商売繁盛、金運アップには最強でしょう!

JRの踏切を渡り天王山へ。

天王山登り口。

天王山への登山道は、

文化財、観光スポットの宝庫で、

全部巡っていたら1日あっても足りません。

山門

天王山登り口から5分ほどで、

宝寺の山門に到着。

山門遠景。

山門のアップ。

冒頭に書いた大黒天の赤提灯が、

目立っていますね。

ここでの見所は、

鎌倉時代に建立された、

国指定重要文化財の

金剛力士像です。

阿形。

吽形。

三重塔

山門をくぐり少し行くと

右側に三重塔が見えてきます。

参道の右側はお墓。

三重塔の庇が少し写っています(笑)

こちらも国指定重要文化財。

案内には「桃山時代」と書かれ、

「豊臣秀吉一夜之塔」とも呼ばれ、

山崎の合戦に勝利した秀吉が、

一夜で造ったという伝承があるようです。

何だか、秀吉には、

「墨俣の一夜城」や

「中国大返し」など

迅速過ぎる(笑)伝説が、

いくつもありますが、

それも彼の

「素早さ、機微を見るに長けた」

一面を表したものなのでしょう。

しかし、

嫡男の秀頼を溺愛する余りに

豊臣家の将来は、

見えていなかったのです・・・。

三重塔アップ。

帰りがけに青空の下、

お墓の手前から

斜めのアングルで撮影。

殉国十七士墓

境内に建立された

幕末、禁門の変で敗走し、

ここ天王山で亡くなった

真木和泉守以下17名の

墓(当初の)があります。

この後に行く予定なのですが、

現在のお墓は明治元年、天王山の

山頂付近に移されています。

閻魔堂

さらに参道を進みます。

エントランス。

実際に見てはいませんが、

閻魔堂には、

国指定重要文化財の閻魔像など

いくつもの文化財があります。

本堂

ようやく本堂に到着。

亀のオブジェからして、

新しめの手水鉢かと思いきや、

予想を覆す感動が!

「貞享二」までが見えて

その下は埋まっています。

西暦だと1684年ですよ!

凄いものを発見してしまいました(笑)

本堂。

灯籠には、

元文元丙辰年○○

天明二寅年○○

西暦だと、1736年と1782年ですが、

並列に並べて刻まれています。

○○の所が核心部分なのでしょうか?

参拝。

そして、

本堂の左横の縁側にいらっしゃるのが、

こちらの木造の坐像です。

これと言った説明などは

見当たりませんが、

このお顔と雰囲気をひと目見て、

僕は一昨年参拝した

東大寺大仏殿の前で出会った

こちらの坐像を思い出しました。

殿賓頭盧尊者像(びんずるそんじゃぞう)

というお名前の江戸時代に作られた木像で、

病気治癒のご利益をいただけます。

二つは何の関係も無いでしょうが、

木像であるにも関わらず、

どちらも建物の外に配置されているのが、

気になってしまうな~(笑)

脱線しそうになりましたが、

話は、宝寺に戻ります。

豊臣秀吉が腰掛けて

采配をふるったと言われる

「出世石」。

石をさすった妻には

大出世が約束されたはず(笑)

ちなみにこの出世石、

ネットで見た過去の写真では、

囲いがあったのですが、

今は取り払われていて、

ちょとラッキーだったかも?

ここでツーショットを完了。

宝積寺石造五重塔

本堂と、お隣の、小槌宮大黒天堂との

間の奥には、石造五重塔があります。

何だか、ここを歩くだけで、

金運がアップしそうですね(笑)

鎌倉時代建立の石塔。

案内には、

「平成27年の解体修理によって、

造立当初より九重層塔であったことが

明らかになった。

三層軸部東面に仁治二年(1241)

等の銘文あり」

このように書かれ、石造層塔としては、

京都府最古のものだそう。

ここで、一つ疑問が・・・

九重塔なのに何故、

五重塔って名前なのかな?

小槌宮大黒天堂

冒頭に書いた、

「打出と小槌」を祀るお堂です。

やはりここが宝寺では一番の

運気上昇のスポットでしょうか?

しっかり参拝しました(笑)

庇の下に、宝船の彫刻があるという

情報があったので、確認(笑)

お堂の正面には、

「奉納 七福神寶舩」と書かれた

石碑がありますので、

彫刻の寶船の事かも知れません。

境内散策

天王山の山頂まで

僕たちの足でどのくらいの時間が

かかるのか、予想がつかないので、

ちょっと焦り気味に境内を散策。

水掛け不動。

豊太閤、真木和泉守の

木像があるようですが、

何処にあるのかは不明です。

境内社

(お寺ですから言い方は違うかも)

参拝。

もう一社にも参拝。

お寺の優しさ

参道左脇にある

参拝者無料駐車場で見つけた看板。

「ハイキング中の事故に

気をつけてください」

という事は、

ここに車を置いたまま、

天王山に登っても良いという事ですよ!

分かっていたなら

ここに駐車していたかも(笑)

宝寺さんの優しさに妻と二人感動です!

今日のマンホール蓋

宝積寺の手前で見つけた

ちょっと目をひくマンホール蓋。

今まさに天王山の山頂(山崎城)を

目指している僕たちに、

ピッタリのお言葉、

「いざ天王山!」

有り難く頂戴しました~(笑)

 

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