松蔭神社(佐賀県鹿島市)

 

藩主を祭る神社

松蔭神社は、

「まつかげじんじゃ」と読み、

歴代の鹿島藩主を御祭神とする神社です。

2万石の藩主を祭るにしては、

規模が大きく、

御社殿なども素晴らしく、

メンテナンスも行き届き

「大切にされている感」を

ひしひしと感じます。

やはりこれは、歴代の藩主が、

心から崇敬されていたからこそでしょう。

社頭

松蔭神社の参道は正面の短いものと

横からの長い参道の二つがあります。

横参道入口。

両側は鹿島城の石垣です。

横参道に隣接する

「旭ヶ岡公園」(鹿島城跡)の案内。

楠社

まずは、社頭近くの「楠社」へ。

一の鳥居の神額には「楠社」の文字。

二の鳥居の神額には、

「楠公社」の文字。

これで、御祭神は、

楠木正成公だとわかりました。

幕末の佐賀藩には、

枝吉神陽を中心に

佐賀の七賢人で作られた

楠公義齋同盟」という

楠木正成の忠義を讃える祭祀を行なう

崇敬団体があったので、

その関係の一つかも知れませんし、

明治政府の「楠木正成推し」政策の

名残かも知れません。

横参道

参道に戻り再スタート。

一の鳥居。

参道の大楠と妻。

手入れの行き届いた生垣、

一直線に伸びた参道、

左右の燈籠・・・

歩くだけで浄化されそうです。

二の鳥居。

正面の参道

横参道の終着点から左に折れると、

すぐ正面の参道の起点である

石垣下に出ます。

正面の社頭。

鹿島城時代は、

お城への出入り口として

使われていたのでしょう。

石段を上り三の鳥居へ。

鳥居をくぐって手水舎へ。

右側に広がる旭ヶ岡公園も含め、

動画でも撮影してみました。

向かって左側の手水舎。

これと同じものが、参道の右側に

向かい合ってもう一つ建っています。

左右に手水舎があるといえば、

鹿児島の竹田神社を思い出します。

(他にもあったが特に印象深い・・・)

手水鉢に刻まれた

寄進者の原忠順(ただゆき)さんを

Wikipediaで調べてみました。

内容を要約すると

「肥前鹿島藩士。

藩命で江戸の昌平黌に学ぶ。

藩主鍋島直彬(なおよし)の側近を務め

藩論を尊王に纏めた。(中略)

1872年(明治5年)には

直彬と共にアメリカに留学し

『米政撮要』を著した。」

このようになります。

鍋島直彬さん、

慕われていたんですね。

蛇口が縦に設置され、

水道の出方が面白く、つい撮影(笑)

御社殿

手水も完了し、

身も心も綺麗になったかも知れない僕達は、

御社殿を目指します。

いい感じの石橋です。

横に回って撮影。

ここに遷座した

明治時代のものでしょうか・・・

そして、

石橋を渡ると待ち構えているのが、

こちらの「ゴジラ」(笑)です。

ガオ~!(笑)

やはりゴジラにしか見えません。

静かなゴジラ(笑)

拝殿へ。

朝日が差し込んで、

なんとも気持ちの良い参拝です。

左から拝殿、幣殿、本殿。

明治時代の建立でしょうか、

木の雰囲気が暖かくて、

素晴らしい御社殿です。

この石段で本殿へ。

本殿。

本殿左横から参拝。

本殿下には倉庫らしきものがあり、

こちらも木の雰囲気に癒やされます。

御社殿を背にして、

旭ヶ岡公園(鹿島城跡)を撮影。

なんとものどかでいい景色です。

本殿左側に稲荷社に参拝。

最後にツーショット。

朝日がレフ板代わりで、

僕達の顔もピッカピカ?ですね(笑)

今日の花

拝殿下の花に癒やされました。

美しい椿の木。

黄色い梅?

12月に梅が咲くのかどうか

分かりませんが、

梅ということにしておきます(笑)

 

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