長門尊攘堂(山口県下関市)
尊王攘夷の志士たちを
僕たちが見学した
下関市立歴史博物館が出来たのが、
2016年の秋のこと。
その開館前までは、
功山寺の仏殿に隣接した
幕末の尊王攘夷で倒れた志士達を祀る
長門尊攘堂として作られた建物を利用し、
「下関市立長府博物館」として
博物館が開館されていました。
新しい博物館の開館に伴い、
閉館された長府博物館ですが、
建物自体は有形文化財として、
そのまま残されています。
長門尊攘堂(元長府博物館)へ
功山寺に行ったら、
隣の長門尊攘堂も行ってみようと
思っていたのに、完全に忘れ、
歴史博物館を見た後に、
「あっ!忘れてた!」
と気づき、
またまた、功山寺に向かい、
ようやく長門尊攘堂との対面を
果たしました(笑)
昭和8年に開館され、
90年近くも前の建物で、
なかなか威厳があります。
功山寺側の側面。
博物館時代の案内版が、
そのまま残されています。
長門尊攘堂の敷地には、
万骨塔という慰霊塔があります。
尊攘堂並びに、
万骨塔建設の由来。
万骨塔を詠んだ
明治天皇の歌碑。
万骨塔は日本各地から
石を取り寄せて建設したもので、
塔の周囲には日本各地の名前が入った
石が置かれていました。
「岩手」の文字がよく見えます。
近付くと…
お〜あった「東京市」と「東京府」
実はつい先ほど、
歴史博物館を見学している時に、
昔の東京市と東京府の力関係を
妻から教えて貰ったばかりなのです!
その文字をここで見るとは!!
最初に功山寺に行った時に
ここへ来ていれば、
感動は無かったはずです…
こんな順番になったのは、
ただの偶然なのか?
それとも必然なのか(笑)
きっと後者でしょう!
いや〜僕たち何かを持っていますよ〜。
このあたりは、
豊後國竹田、對馬、肥前佐賀城、
肥後国、福岡縣など
九州の石が密集しています。
それにしても、このアイディアは
素晴らしいものですね。
だって、ここを訪れる日本人は、
必ずどこかに自分の県や町の名前が
書いてある石があるのですから!
その石を見ながら
地元にいた尊王攘夷の志士を
偲ぶなんて、
楽しくないはずはありません…
いや、楽しむものではなく、
慰霊の気持ちを持って、
向き合うものでした(汗)
万骨塔の隅に置かれていた、
移設されてきた五重石塔。
江戸時代末期くらいのもので、
神社仏閣に奉納されたり、
庭園の観賞用だったものだそうです。
万骨塔に祀られた尊王攘夷の志士たちも
きっとこの塔を鑑賞していることでしょう。