菅原天満宮(奈良市)

 

菅原道真の生誕地

神社でいただいた

御由緒書きによると

「当社は、菅原家(菅家)

一系三神を祀る延喜式内社の

日本最古の天満宮である。

天穂日命あめのほひのみことは菅家の始祖とせられ、

天下泰平。国土安泰、五穀豊穣の

守護神である。

その子孫で中興の祖である

野見宿祢命のみのすくねのみことはこの菅原の地を本貫とし、

その豊かな赤土と松樹を活用して

土師器や埴輪の制作に従事していた。

垂仁天皇すいにんてんのうの皇后(日葉酢媛命ひはすひめのみこと)が

崩御された時、

当寺悪習であった殉死を取り止め、

替わりに埴輪を埋めるべく

建言した功績により、

垂仁天皇より土師臣はじのおみの姓を賜った。

その後、土師家は

大喪の事を掌っていたが、

その子孫の土師古人他が

天応元年(781)

この土地の名「菅原」と改姓を願い出、

勅許され、この時はすでに当社が、

氏神社として創建されていたと

伝えられている。

以後三代後に

菅原道真公の出生となる。」

このように書かれ、

菅原道真の生誕地とされています。

喜光寺と菅原天満宮

江戸時代までは神仏習合で、

同じ境内にあった

喜光寺(菅原寺)と菅原天満宮は、

現在もすぐお隣に位置しています。

案内図を見ると、

その近さがわかりますね。

参道

親切な喜光寺の職員さんのはからいで、

お寺の裏門を開けてもらい、

いきなり(笑)神社の社頭に到着。

社頭は石玉垣と塀に囲まれ、

おごそかな佇まいです。

一の鳥居。

狛犬。

狛犬(吽形)。

神門。

手水舎。

右の井戸は、

天保十二年(1841)の寄進です。

筆塚(左の塔)と神宝庫。

御社殿

短い参道を少し歩き拝殿へ。

拝殿。

拝殿向かって右側の神牛たち。

左側の神牛。

肥前狛犬

神牛バージョンといった感じの

小さくて可愛いらしい神牛像。

う~ん癒やされますな~(笑)

左側の神牛像。

銅製の扁額。

本殿にも参拝。

境内社

次に境内社へ。

本殿右側の境内社。

本殿左側の境内社。

3つのお社がどの神様を

祭っているかわかりませんが、

神社のパンフレットによると

春彦神社(祭神 渡会春彦翁神)

稲荷神社(祭神 豊宇気姫神)

市杵島神社(祭神 市杵島姫神)

この三社となっています。

ここで注目なのが、

渡会わたらい」という名前です。

渡会氏と言えば、

(伊勢の神宮)外宮の社家ですが、

菅原道真さんと何か関係が

あるのか?と調べると・・・

ありました!(笑)

Wikipediaを抜粋・加筆すると

「(菅原道真の父)菅原是善は、

長男・次男を相次いで失ったことから

伊勢豊受大神宮(神宮外宮)にいる

白太夫(渡会春彦)に

安産祈願をさせた。

その結果、是善は子宝に恵まれて

道真を儲けた。

白太夫は、道真の出生を

大層喜んだ是善により道真の

傅役(もりやく、養育係のこと)として

京都に招かれ、以来数十年にわたって

度々上洛して道真に仕えた。

そのため、

道真が太宰府へ左遷された際には

朝廷を憚って

誰も道真の許を参る者がいない中、

老齢ながら太宰府まで付き従い

奉仕し続けた」

このようになります。

な~るほど~!

これならば、

ここに渡会春彦さんが

神として祭られるはずですね。

御朱印

参拝後、社務所にて

御朱印を授与していただきました。

なかなかの達筆ですね!

ツーショットで〆。

これにて菅原天満宮参拝は完了です。

今日のお菓子

菅原天満宮と喜光寺の

すぐ近くで妻が和菓子屋を見つけ、

「ここの最中もなか、昔お土産で貰った

美味しかったやつじゃない?」

そう言ったので入ってみました。

「萬春堂 阪奈菅原店」。

買ったのは「大和路もなか」。

お土産で貰ったのとは違いましたが、

美味しくいただきました!

 

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