大刀洗平和記念館(令和8年9月)

 

パンフレット・4年間の進化

大刀洗平和記念館への訪問は、

僕は4回目、

夫婦での見学は3回目で、

前回の4年前(2022年)は、

「震電」の実物大模型が

展示された直後でした。

その時にいただいたパンフと、

今回のパンフを見比べると、

大刀洗平和記念館の

「進化ぶり」がわかります。

表面(2022年)

表面(2026年)

■2022年からの進化・その1

利用案内と交通案内の間に、

「戦跡掩体壕(筑前町高上)の見学できます

記念館では掩体壕解説動画用の

タブレットを貸出しています。

上映時間は約11分。

掩体壕見学の際にご利用ください。

利用料1台300円」

この文章が追記されています。

平和記念館から2Kmほど離れた場所にある

巨大な掩体壕の整備が完成し、

見学可能になったからですが、

常に新たな一面を見せ続けてくれる

営業努力には頭が下がります。

■2022年からの進化・その2

交通案内が詳しく改良されています。

「電車にて:甘木鉄道・太刀洗駅下車すぐ」

↓

「JR・西鉄電車にて:JR鹿児島線基山駅・

西鉄天神大牟田線小郡駅で

甘木鉄道に乗り換え、太刀洗駅下車すぐ」

恐らく、お客様の意見や、

職員さんの発見があったのでしょう。

それを変更する

「面倒くささ」のハードルを

超えているのが素晴らしいと思います。

中面(2022年)

中面(2026年)

■2022年からの進化

左上の震電の写真が、

模型(プラモデル?)から、

館内に展示された実物大模型に

代わっています。

最後に、パンフレットで

変わっていないものを一つ。

それは・・入場料です!

内容は充実の一途だし、

物価上昇も激しい中、

4年前と同じ価格とは、

有難いにも程があります(笑)

エントランス

この度の訪問は、

妻の誕生祝いですが、

その理由は、

ここ一年ちょとで

妻が特攻隊関連の興味が深まり、

さらに、

大東亜戦争(太平洋戦争)全般と、

戦闘機にも目覚めたからです(笑)

「第五航空教育隊正門」

昭和十四年に開隊した航空技術兵の学校、

「第五航空教育隊」の正門を

ここに移設して、

記念館の門とされています。

はためく日の丸。

テンション上がるわ〜!

館内へ。

目玉の一つ掩体壕も登場。

震電(実物大模型)

戦闘機に覚醒した妻は、

前回までとは違い、

説明を穴が開くほど

読みまくっていて、

ちょとでも疑問に思うと、

僕が質問攻めされる始末でした(笑)

震電の実物大模型、

何度見ても感動します・・・

大戦末期、

こんな独創的なシルエットで、

高性能を実現しようと、

身を削り、寝る暇もなく、

精魂込めて作った技術者たちのことは、

特攻隊員と何ら変わる事なく

しっかりと伝えてほしいものです。

Wikipediaによると

「1943年(昭和18年)、

軍令部参謀に着任した源田実中佐は、

零式艦上戦闘機が既に敵から

十分研究されているであろうと考え、

零戦とは別に異なる

画期的な戦闘機を求めて

高速戦闘機を模索していたが、

技術的に提案する知識がなかった。

しかし、

同じ考えを持つ鶴野の存在によって、

震電の開発が動き出した」

このようにあります。

これは源田実の回顧録的な著書を参考に

書かれたものですが、

源田さんが執筆した当時は、

戦時中「アホな作戦を指導した上官達」が、

まだ存命中に書かれたもので、

その人達への配慮もあるし、

自身の「保身的要素」もあったでしょうから

著書の内容を

100%鵜呑みには出来ませんが、

震電の開発に関しては、

信憑性は高いかと思います。

この震電は、映画「ゴジラ-1.0」の

撮影用の為に作られたそうですが、

他所の戦争関連の施設でなく、

ここに置くことになったのは、

「九州飛行機」が震電を開発製作し、

席田むしろだ飛行場(現在の福岡空港)で、

試験飛行が行われたという流れからの

ものかも知れませんね。

上から見た震電。

横の「実機」の零戦と比べても

同じ「実機」と言われれば、

信じてしまいそうなくらい、

違和感がありません。

零戦三二型(実機)

次に零戦へ。

翼端を四角く切ったのが

三二型の特徴で、

この機体に関しても妻の質問は、

止まりませんでした(汗)

正面。

この機体が、マーシャル諸島の

タロア島で発見されてから

ここ大刀洗平和記念館に落ち着くまでの

軌跡をGoogleマップに記してみました。

「1980年タロア島で発見〜

サイパン島で修復〜福岡港〜

太宰府天満宮〜愛知県の航空宇宙館〜

福岡に戻り、

2009年、大刀洗平和記念館に展示。」

このような流れで、

気が遠くなる距離を移動しています・・・

この間、様々な困難がありながらも

都度、それを乗り越えて、

今ここにあるのです・・・

これはまさに奇跡でしょう!

もちろん、関係者の努力は、

筆舌に尽くし難いものがあった事は、

言うまでもなく、

ひたすら敬意を持つのみですが、

それに加え、

この機体に乗っていたとされる

タロア島で戦死された

柳村義種大佐の魂が見えない力となって、

ここに導いてくれたのかも知れません。

斜め後ろから。

「Y2-128」のYは、

柳村義種大佐のイニシャル

「Y」だそうです・・・

操縦席。

2階から。

九七式戦闘機

屠龍のB29への体当たりや、

「桜弾」を装備して特攻に行った、

四式重爆撃機飛龍など、

館内の展示を時間をかけて巡った後、

最後に見たのが九七式戦闘機です。

博多湾から引き揚げられたもので、

搭乗員は無事だったものの、

後日、特攻で散華されています。

横から。

こちらは今年7月に訪問した

知覧の掩体壕に置かれた

九七式戦闘機の模型ですが、

引き揚げられた機体は、

最終的に知覧から特攻に

飛び立つ予定だったものですから

両者のご縁を感じます・・・

増槽と250Kg爆弾。

元々、250Kg爆弾搭載など

全く想定されていない機体だけに、

特攻機として使わ始めると、

その重さに耐えかねて、

墜落(不時着)してしまうことも

多々あったとか、

この機体もその一つかも知れません。

2階正面から。

夕日を背景にした九七戦、

なんか搭乗員の魂を感じます・・・

帰路

今回の訪問は、

飛行機を見るよりも

悲惨な戦いの中身をじっくりと体験出来た、

今までにない時間でした。

館外に出て、

缶バッチを持った妻と

ツーショット完了。

太刀洗に駅到着。

ホームへ。

甘木行きの入線。

九七式戦闘機をモチーフにした缶バッチ、

妻はかなりお気に入りのようです(笑)

大刀洗平和記念館訪問の10日ほど前、

鶉野飛行場跡「soraかさい」で買った、

紫電改・九七式艦上攻撃機との

陸海軍缶バッチのコラボとなっています。

甘木駅に到着。

甘木からはバスで帰路へ。

過去最高に充実した、

大刀洗平和記念館でした!

 

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