垂水護国神社(鹿児島県垂水市)

 

地域密着型護国神社

国に殉じられた方々を祭る、

「護国神社」は、

おおむね各県に一つあり、

鹿児島県でも鹿児島市内に、

「鹿児島縣護國神社」が鎮座し、

鹿児島県全体のご英霊をお祭りしています。

それと同時に、

県内各地方にも地元から出征された

ご英霊を祭る護国神社が点在し、

ここ垂水護国神社もそんな

「地域密着型護国神社」の一つです。

住んでいる地域の先人達に、

気軽にお参りできる場所というのは、

本当に有難い存在ですね。

御社殿

鹿児島神社を参拝後、

同じ境内に鎮座する護國神社へ。

左側の幟が見えるのが鹿児島神社、

そのすぐ右が護國神社です。

慰霊碑群の横には日の丸が掲げられ、

これを見れば、ご英霊の方々も、

心安らぐ事でしょう・・・

社頭。

「護国神社」の神額。

拝殿にて参拝。

本殿前に進み改めて参拝。

本殿右側の銅板には、

由緒が記されています。

「戊辰の役から太平洋戦爭までに

護國の礎となられた勇士達の御靈を

祀るためにこの殿堂を建てる

昭和二十九年十月十二日

垂水町民一同」

拝殿から本殿横へ。

横からも再度参拝。

招魂碑

御社殿向かって右側には、

招魂碑などが整然と並んでいます。

招魂碑群遠景。

真横から見ると、

本殿と一直線になるように

石碑が安置されているのが分かります。

各碑の前には人一人が座れる

切り株の形をした、

「石の台座」があります。

ここに座り、

ご英霊と向き合い、

心ゆくまで語り合う・・・

そんな演出でしょうか?

「招魂碑の修復について」

平成31年、

風化が進み、傾いた招魂碑を

募金などで今の姿に復したと記され、

三基の招魂碑の詳細もありますが、

こちらは各碑の参拝と合わせ、

書き出します。

「西南の役招魂碑」

「明治十年西郷軍と政府軍との戦争による、

従軍者四百五十名、

戦死者八十五名を祀った碑

明治十二年十月建立」

両軍合わせて1万3千名ほどが

亡くなった西南の役。

ここ垂水出身の方々も

多くの殉難者が出されています。

「従軍者四百五十名、

戦死者八十五名」のお名前。

続き。

招魂碑に参拝。

「日清戦争忠魂碑」

「日本と清国との戦争による、

戦死者七名を祀った碑

明治三十三年十月建立」

戦死者のお名前。

忠魂碑に参拝。

「日露戦争招魂碑」

「日本とロシアとの戦争による、

戦死者三十一名を祀った碑

建立年月日は不明」

日清戦争の7名から

31名と5倍近くも増えています・・

いかに過酷な戦いだったのかが、

窺い知れますね・・・

参拝。

その他の石碑

招魂碑のさらに右側に、

二つの石碑があります。

「河川改修碑」

「川井田家氏神」

宮司さんの関連でしょうか?

参拝。

最後はこれにて〆。

 

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