宇和島城(愛媛県宇和島市)後編

 

鋭意進化中

宇和島城の魅力は

350年前、江戸時代建立の

現存天守もさる事ながら

縄張り全体に残っている

石垣をはじめとする多数の遺構です。

戦争末期、宇和島大空襲で、

大手門などの文化財は焼失しましたが、

それでも天守はじめ

これだけの遺構が残ったのは、

やはり幸運なお城に違いありません。

そして、僕たちが訪問した時、

宇和島城の各所では、

整備工事が行われていました。

石垣はもとより城内の道路や、

その他の遺構など、かなり

大規模な工事のようです。

あと1~2年したら、今以上に

散策しやすく見所も増えた

今より一層素晴らしい、

宇和島城になる事でしょうね!

藤兵衛丸

お城の外観と内装を

たっぷり満喫したあとは、

搦手(裏口)方面へ向け

城山を下ります。

素晴らしい天守に別れを告げて、

藤兵衛丸へ。

江戸時代建立の

武器庫を利用した

城山郷土館を通過しながら撮影。

滞在時間があまりとれないので、

入場無料なのにスルーです(笑)

宇和島城名物、

苔むした石垣。

石段も昔のままで、

見応え十分です。

白壁を復元してあるので、

またお城らしい雰囲気を

盛り上げていますね。

藤兵衛丸の石垣。

この石垣を見て思い出したのが、

延岡城の千人殺しの石垣です。

石垣先端部の孕みといい、

規模といい、なんか、似ています。

代右衛門丸

お城の裏側へ向かう道からも

素晴らしい苔の石垣が見えます。

古い石垣の積み方、

「野面積み」ですから

藤堂高虎の時代のものかも

知れません。

代右衛門丸の櫓台石垣。

式部丸

代右衛門丸のお隣にあるのが、

式部丸という郭。

式部丸に到着。

入口。

かなり大きめの石が

崩れそうにも見えますが、

整備してあるようなので、

きっと大丈夫でしょう(笑)

式部丸から代右衛門丸方面の

石垣は規模も大きく、

見応えあります。

式部丸の案内。

昨年、平成30年までは、

整備工事のためここは

立ち入り出来なかったようです。

見事な三段石垣。

一番下部のみが復元で、

あとは昔の石垣だと

案内に書かれています。

苔むした石垣はここにもあります。

搦手口へ。

まだまだある苔の石垣。

もうすぐ門が見えます。

出入り口には、

江戸時代前期の建立と言われる、

「上り立ち門」があります。

案内。

建築的特徴と

木の科学分析の結果から

建てられたのは、

慶長期、藤堂高虎の時代に

遡るやも知れないと書かれています。

上り立ち門の前には、

宇和島出身の明治時代の司法官、

児島惟謙(これかた)の

銅像が建っています。

案内によると

ロシア皇太子ニコライ2世が

襲撃された「大津事件」で

国の圧力に屈せず、

司法の独立を守り抜いた人。

宇和島城の最後は、

明治の偉人で締めくくりです(笑)

 

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