鹿屋航空基地資料館/二式大型飛行艇
主客転倒(笑)
昨年来妻が、
大東亜戦争(太平洋戦争)関連の
遺構や戦闘機などに目覚め、
8年振りに鹿屋航空基地資料館を
再訪することとなりました。
前回はあくまでも僕の趣味で、
妻はついて来ただけでしたが、
今回は完璧な妻主導で、
まさに主客転倒です(笑)
もちろん僕にとってもこの訪問が、
「渡りに船」であるのは、
言うまでもありませんけどね!
二式大型飛行艇
ちょっと道に迷いながらも
予定時間に鹿屋基地に到着。

お土産屋さんや食堂が入る建物を横目に、
まずは一目散に野外展示されている
二式大型飛行艇へと向かいます。

ド〜ン!
妻を入れて撮ると、
この飛行艇の巨大さがわかります。

以下、案内の抜粋要約です。
「二式大型飛行艇
世界中で唯一残されている実機です。
昭和17年(1942)正式採用され、
終戦までに合計167機が製造されました。
昭和20年(1945)3月11日
鹿屋基地から約3000Km南の
ウルシー泊地の米軍艦艇への特攻作戦で、
「梓特別攻撃隊」として
爆撃機「銀河」24機が
鹿屋基地から出撃し、二式大艇3機が、
誘導、天候偵察任務のため、
鹿児島の鴨池基地から出撃しました。
終戦後、米軍に引き渡され、
米本土でテストなどが行われた後、
昭和54年(1979)に日本に里帰りし、
平成16年(2004)に
海上自衛隊に寄贈され、
ここ鹿屋基地にて公開されています。」
案内には記されていませんが、
二式大艇は紫電改と同じ川西航空機
(現在は新明和工業)の製造で、
現在活躍中の海上自衛隊の飛行艇
US2のルーツと言えます。

こちらは館内で撮った内部構造図で、
ここでの注目は、
機体後方にある「水洗便所」です!

便所を拡大(笑)
洋式でめっちゃ衛生的ですね!
直下に排水口があるので、
そこから空中に散布(笑)
していたのでしょう。

正面。

斜め前。

真横。

胴体下部には、
「水抜栓」なるものがあります。

右後方。

真後ろ。

左後方。

尾翼アップ。
案内によると
「垂直尾翼には「菊水」マーク及び
中央に「Tー31」
(T:TAKUMAの頭文字)が
表示されています。
この機は、第5航空艦隊(司令部:鹿屋)
隷下部隊の詫間海軍航空隊所属
(香川県三豊市詫間町)の
31号機であります。」
このように記されています。
奇跡の輸送
ここで二式大艇のエピソードを一つ。
戦争末期、
沖縄への特攻が真っ只中の昭和20年4月、
二式大艇の輸送機型、通称「晴空」は、
横浜の根岸基地から
制空権・制海権を米軍に握られて、
いつ撃墜されてもおかしくない中、
たった一機で敵中突破を図り、
孤立していた、
ブーゲンビル島のブイン基地まで、
片道5000Km近くを飛び、
物資を輸送し、
その後すぐ日本に帰還するという
生還率0パーセントに近い
任務を奇跡的に成功させています。

地図で見るとこんな感じで、
終戦の4ヶ月前という時期に、
何故、成功したのか
本当に不思議になります。
この任務の2年前、
昭和18年4月18日、
連合艦隊司令長官の山本五十六は、
ラバウルからブインを目指すも
暗号を解読していた米軍に待伏せされ、
機上で戦死していますから、
それを考えても二式大艇(晴空)の偉業は、
もっと日の目を見ても良さそうです。

最後に二式大艇をバックに
ツーショット完了。
妻のテンション、爆発しています(笑)