光前寺/駒ヶ根市・霊犬 早太郎の墓
リアル参拝
「犬の墓」で思い出すのが、
約5年ほど前の2021年、
広島県北広島町、
吉川元春館のガイダンス施設、
戦国の庭歴史館のパネル展示で見た
非業の死を遂げた主人、
吉川興経の首を運んで、
力尽きた犬のお墓です。

左上に「犬墓」と記され、
人間と同等に手厚く葬られています。
もちろん、実際に訪問した訳でなく、
展示を見て、
「犬のお墓とは珍しい。
しかも主人の首を運んだとは、
いつか行きたいな!」
なんて思っていただけですが、
まさか5年後、
「犬のお墓参拝」が、
長野県で実現するとは
思いも寄りませんでした(笑)
僕たちにとって2例目となる
犬のお墓で、
遂にリアル参拝となったのです!
霊犬 早太郎の木像
光前寺の本堂内は撮影禁止ですが、
早太郎の像のみは
撮影OKとなっています。

本堂内へ。

めっちゃ凛々しい早太郎。

お顔アップ。

「▶︎霊犬◀︎ 早太郎伝説」
こちらの案内を主に、
上に掲げられたもう一つの案内と
ミックスさせて書き出します。
「光前寺には昔より霊犬早太郎の
伝説が伝えられております。
今よりおよそ七百年程前、
光前寺に早太郎という
大変強い犬が飼われていました。
その頃遠州府中(静岡県磐田市)
見付天神社で、
毎年祭りの夜に一人の子女を
神前に人身供養として供える
悲しい習わしが続けられておりました。
このことを救わんと社僧一実坊弁存は、
神仏に祈願して祭りの様子をさぐり、
子女をさらう怪物が信州の早太郎を
恐れていることを知りました。
信州に尋ね入った弁存は、
光前寺に早太郎をさがし当て早太郎を借り、
子女の身代わりとなった怪物
(老ヒヒ)は退治され、
村の災難は除かれたのです。
早太郎は傷つきながらも
光前寺にたどりつくと、
和尚さんに怪物退治を知らせるかのように
一声高く吠えて
息をひきとってしまいました。
現在光前寺の本堂の横に、
早太郎の墓がまつられています。
また早太郎を借り受けた一実坊弁存は、
この報恩のために大般若経を書写し、
天神社から光前寺に奉納されました。
この教本は現在でも、
光前寺の寺宝として大切に残されています。
以来、早太郎こそ
まさに不動明王の化身であり、
災難除、厄除の霊犬なりとして
広く信仰をあつめ、
今なお見付より報恩の参拝が
続けられております。」
一切経蔵
案内にあった大般若経が
奉納されている一切経蔵へ。

お洒落でめっちゃ素敵な経蔵ですね!

「一切経蔵」
「文化元年(1804)再建の
この経蔵内には六百年前、
遠州見付の天満宮より
奉納さらた大般若経六百巻ほか
多数の宝物が秘蔵されている。」
このように記され、
ここで記された大般若経こそ、
一実坊弁存が奉納したものでしょう!

斜めから見ても
隙がありません。

経蔵近くの弁財天にも参拝。
霊犬 早太郎の墓
いよいよ早太郎の墓へ。

本堂前の案内。

ここを真っ直ぐ。

お墓に到着。

ここで間違いありません(笑)

参拝。

石塔の下には、
ミニ早太郎が鎮座。

「霊犬早太郎六百年供養塔」
ここまで大切に供養されているとは、
間違いなく霊犬ですね!
霊犬早太郎の石像
次に三重塔へ。

経蔵と同じ頃、
文化五年の建立だそうです。
(Wikipediaによる)
そして、
この右手前にあるのが、
霊犬早太郎の石像です。

昭和三十二年四月の建立というから、
僕たちより二歳年上の69歳です(笑)

由来記には、
本堂の案内と同じような
ストーリーが刻まれています。

早太郎をアップ。
こちらも本堂の木像に負けず劣らず、
凛々しいお姿です。
ここまでで、
光前寺の早太郎関連への訪問は完了、
次に阿南町の安倍神像神社を訪問し、
旅の最後に早太郎が娘を救った現場、
見附天神へと向かいます。