講演「宗茂最大のライバル秋月種実」

 

妻情報

「5月25日に秋月種実あきづきたねざねの講演があるよ!」

そう妻が言ったのは5月の初め。

妻の口から秋月種実なんて言葉が出るとは、

嬉しいやら不思議やら(笑)

秋月種実は戦国時代、秀吉に降伏し、

領地だった秋月(福岡県)から

高鍋(宮崎県)へ移封されていて、

僕たちも数年前、

高鍋城を訪問しています。

種実の子孫からは上杉家に養子に行った

上杉鷹山を輩出している事くらいの

知識でしたので、

講演があると知って、

イキリたっていました(笑)

そぴあしんぐう

講演場所は自宅近くでバスに乗り、

3つ目のバス停から徒歩で5分ほどと

超便利な「そぴあしんぐう」という

新宮町の多目的ホールです。

「立花宗茂 誾千代」の幟で、

すでに気分は戦国時代(笑)

新宮町合併70周年の幟を見ながら

エントランスへ。

大河ドラマ誘致の幟、

立花宗茂バージョン。

同じく妻の誾千代バージョン。

玄関。

講演のポスター。

道雪会どうせつかいというのは、

立花宗茂の大河ドラマを誘致する組織で、

近年かなり力を入れて活動されています。

10月には、

こちらの方も来られる予定です(笑)

講演会場は右下の多目的ホール。

この日のスケジュールはビッシリ。

新宮町の繁栄を垣間見るようで、

地方創生なんて言葉も過り、

ちょっと嬉しくなりますね!

受付へ。

秋月種実の幟に気分も上々!

そして会場内へ・・

早めに着いたので、

まだ席は空いていますが、

少しすると・・

かなり人多くなった風景。

ですがこの後、

さらに超満員となりパイプ椅子を

追加するまでの事態に!

人気ありますな〜講演会(笑)

寸劇ビデオ風雲立花山城

島津氏が立花山城を攻めた時を

寸劇で演じているビデオで、

筑前琵琶での語りが、

心に残っています。

講演

ここからが本番、

九州大学の木島孝之先生の講演です。

「宗茂最大のライバル秋月種実ー

益富城の縄張りからみた

秋月氏の対豊臣戦略ー

戦国最大の「巧者」秋月種実を見直すー」

かなり長い表題のお陰で、

お話の核になるものは、

掴めてしまいますね!

さらに、

参加者全員に配布された資料が

もう圧巻でした!

A3用紙4枚にびっしり書かれた内容は、

それを一読しただけで、

講演を聞かなくても良いくらい?

中身がめっちゃ濃いのです!

しかし、先生渾身の資料であり

これをネットに上げる訳には

いきませんので、

講演内容と資料を僕なりに

超簡略して書いていく事にします。

【秋月種実】

天文17(1548)?〜

慶長元年(1596)9月26日。

【秋月一門】

秋月種実 益富城主

秋月稙長(種実の継嗣)古処山城主

高橋元種(種実の次男?)香春岳城主

長野種信(種実の弟?)馬ヶ岳城主

【経緯】

勢力拡大した秋月氏は、

島津と連携し、

秀吉と対峙(大友氏は秀吉配下)、

しかし、島津が秀吉に降伏すると

秋月種実も降伏。

秀吉はこれで九州征伐の

目処がたったとも考えられる。

秋月の地を追われるも

高鍋3万石に転封となり

豊臣大名としての地位を確保。

そのまま高鍋藩として

江戸時代から明治維新まで続く。

【木島孝之先生の見解】

ここからは

秋月氏に対する先生の思いを

敬意を持って、

書き出させていただきます。

「秋月氏を「国衆」という概念で

捉えるべきかどうか。」

「豊臣政権が地方領主

(畿内圏から外側の地域)を、

その勢力の巨大さとはあまり関係無しに

「国衆」と呼称する場合には、

”「上流」(文化・政治・経済・軍事等に

おける上方の流儀)を解しない

”地方の田舎者”という餞別的意識にも似た

感覚が働いている場合が

あるように思われる。

秋月氏の勢力圏の巨大さと、

城郭の縄張りの秀逸さ

(全国一の畝城竪堀群地帯北部九州の

「城郭文化圏」「軍事的文化圏」の

大きな枠組みの中ではあるが)

と独自の規範性らしきものへの

指向性に注目するならば、

他の北部九州の国衆とは

差別化をする意味から、

「豊臣政権や最上級領主

(大友氏、龍造寺氏、島津氏等)の

文書等の中での

「文言」に囚われることなく、

戦国期広域領主、

つまり「大名」という

捉え方が必要ではないか。」

確かに先生の仰る通りで、

秋月氏の立ち位置は、

真田氏のそれと似ている気がします。

パンフレット

最後に大河ドラマ誘致の

パンフレットを掲載します。

表紙。

関ケ原合戦の後、

柳川藩主となりの礎を築いた田中吉政も

キャラとして掲載されていることに

めっちゃ嬉しくなりました(笑)

立花宗茂の履歴書(笑)

妻、誾千代の経歴など。

ゆかりの地。

柳川城址三柱神社上庄八坂神社

この三つは訪問済みですが、

妻は覚えているのでしょうか?(笑)

善導寺水田天満宮、若八幡宮、

立花山薦野増時の墓

大友館跡庭園

これらも訪問済みで、

意外と「ゆかりの地」には

ご縁があったようですが、

あと一つ、宗茂さんのお墓がある

柳川の福厳寺も入れていただければ、

墓マイラーの妻もきっと喜ぶはずです(笑)

裏表紙。

今回の講演で得たもの、

それは「事前資料の大切さ」。

木島孝之先生のお陰で、

ちょっとステップアップ?

できた気がしています(自己満足・・笑)

 

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