南宮大社(岐阜県垂井町)中編

 

乳母の願いを実現

南宮山の麓に鎮座する南宮大社。

慶長五年(1600)の

関ケ原の戦いにおいて、

南宮山上には西軍、

南宮山麓には、

主に東軍諸将の陣が配置され

戦場真っ只中に位置する南宮大社は

戦火に巻き込まれ

焼失してしまいました・・・。

その後、

現在見られる御社殿を復興したのは、

江戸幕府三代将軍、徳川家光で、

その立派さには、圧倒されます。

神社の案内には、

「(乳母)の春日局の願いにより

再建されました。

その総額は

七千両(約21億円)に及びました」

このように書かれています。

家光さんを将軍にすべく

全てをかけてくれた

恩義ある乳母の頼みでもあり、

また、

おじいちゃんの家康を

人一倍に尊敬していたという

家光さんですから、

家康が天下を手中におさめ、

生まれる前の家光さんの運命自体も

切り拓いた「聖なる場所」には、

特別な思い入れがあったのでは

ないでしょうか。

御社殿

花手水に癒された僕たちは、

心身ともに浄化され(多分)参拝へ。

令和5年の干支絵馬。

毎日、日付を交換されている

参拝者思いの素敵なおもてなし、

ありがたいことです。

そして、

この絵馬から後ろを振り返ると、

こんな光景が見えています。

右から楼門、手水舎、高舞殿、

拝殿、本殿(屋根の先っぽのみ)。

白い雲が一つだけ浮かんでいるのも

なんだか、

時が止まったかのようで、

の〜んびりしていいですね〜!

高舞殿。

拝殿へ。

拝殿と本殿。

参拝。

「鉱山金属業の総本宮

美濃國一宮 南宮大社

境内案内図」

各神社の場所と写真、

ご祭神や由緒など

詳しく表記されている

優れもので、

歓迎感満載ですよ!

この案内で注目は、

本殿と境内社含め

瓊瓊杵尊ににぎのみことご夫妻と

その3人の子供が

家族ぐるみで祭られていること。

アットホームな雰囲気を感じ、

ホッコリします。

本殿。

主祭神は、金山彦大神、

相殿は、

彦火火出見尊ひこほほでみのみこと火遠理命ほおりのみこと

見野命みののみこと

本殿右側。

この後は、

本殿玉垣内の境内社を参拝。

本殿向かって左側、

南大神社。

御祭神は火明命ほのあかりのみこと

同じく左側、高山社。

御祭神は、

木花開耶姫命このはなさくやひめのみこと瓊瓊杵尊ににぎのみこと

本殿向かって右側、

樹下社このもとしゃ

御祭神は大己貴神おおなむちのかみ

別名は大国主神で、

大国様として親しまれていますね。

同じく右側、

隼人社。

御祭神は火闌降命ほのすそりのみこと

山幸彦、海幸彦のうちの

海幸彦で、子孫は、

神事ではよく聞く

「お〜〜〜〜〜〜」という声

吠声はいせい)=(警蹕けいひつ)を

発する担当者となった神様です。

参拝後ツーショットを完了。

御朱印

社務所にて御朱印を

授与いただいたのですが、

これがまた、素晴らしいのです!

優しい文字で達筆だし、

墨が付かないようにする紙には

椿の印までがあしらわれ、

まさに

「指先まで神経が行き届く」、

繊細なおもてなし、

またまた癒されました〜(笑)

(後編に続く)

 

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