清凉寺・井伊直政の墓(彦根市)

 

人に癒やされる

清凉寺の思い出は・・・人です(笑)

朝11時頃、

お寺の境内に入った時、

数人の方が掃除をされていました。

その時、一人の女性が、

僕たちに駆け寄ってきて、

笑顔で挨拶しながら、

清凉寺のパンフレットをくださったのです。

掃除の手を止めてまで、

僕たちを優先して貰えるとは、

勿体ない限りです。

その方には、

井伊直政のお墓の場所も

教えていただき、

お陰で、しっかりとお参りが出来ました。

人に癒やされるとは、

この事でしょう。

今でも、

清凉寺の素敵な思い出として、

心に刻まれています。

パンフレット

思い出のパンフレットなので、

しっかりと画像も残します(笑)

表側。

「文化年間の十境図」を見ると、

本堂や、お墓の位置など、

現在とあまり変わっていないのが、

よくわかり、ちょっと嬉しくなりますね。

内側。

由緒を抜粋すると

「佐和山は、石田三成公

城があったところで、

関ヶ原合戦後第一の功績を賞し、

井伊直政公がこの城に封ぜられた。

慶長七年(1602)直政公卒するや

この地を墓所となし、公を開基とし、

その戒名

「祥壽院殿清涼泰安大居士」により、

祥壽山と号し清凉寺と称し

以来井伊家代々の菩提寺となった。

境内地は佐和山城時代に

石田三成公その奥方及び

家老島左近の屋敷のあった所であり、

表参道まで内湖があって、

そこから松原へ

有名な百間橋がかかっていた。」

このようになります。

石田三成の屋敷跡に

関ケ原では相対した、

井伊直政のお墓があるとは、

これもご縁というものでしょうか・・・

あの世で、二人は

何を語らっているのやら(笑)

清凉寺へ

大津駅前でレンタカーを借り、

彦根を目指します。

多賀サービスエリアで小休止。

大津から1時間半、

佐和山城跡の駐車場に到着。

ここからは徒歩で、清凉寺、

龍潭寺、佐和山城を巡ります。

めっちゃわかり易い地図のお陰で、

迷わず清凉寺へ。

清凉寺の素晴らしく手入れされた生け垣。

これを見ただけでも、

このお寺が、只者ではない(笑)事が、

体感出来てしまいます。

境内入口。

まずは右側のお地蔵様にご挨拶。

そして、

左後ろの「井伊家菩提寺」に

いきなりテンションが

上がってしまいます(笑)

左側の石碑には、

幕末、

桜田門外の変で命を落とした

井伊大老(井伊直弼)が、

禅の修行をされたお寺である事が、

記されています。

先程のパンフレットによると

「開国の偉業を果し

日本の進路を誤らなかった豪快の肚は、

禅によって作られたのである。

しかし、黒船来航、

安政年間の政局の中で、

万一のときの死を覚悟し、

住職と相談して戒名を受け、

位牌を生前に作り、

亡くなる年の正月には

自分の肖像画に歌を書き、

清凉寺へ納め、三月三日には

桜田門外の雪と散ったのである。」

このように書かれています。

何だか、

自分の死期を知っていたかのような

井伊大老ですね・・・

謹書は井伊家の

子孫の方のようです。

「清涼」の言葉通り、

清々しい境内です。

山門。

案内。

山門の右側の通用門から中へ。

門をくぐると

右側には客殿があります。

この前が、冒頭に書いた

親切な女性が、

声を掛けてくれた現場です。

立派ですね!

寺紋は、井伊家の家紋、丸に橘。

向拝の柱が凄くて、

太い柱の中間部分が膨らんだ、

エンタシスになっています。

向拝の下は、折上天井。

中をのぞくと(笑)、

こちらも豪華な造りですね!

客殿の向かいの建物。

右手前には、

樹齢500年と言われる

タブノキが見えています。

本堂にて参拝。

パンフレットには、

宝永五年(1708)の再建と

書かれています。

「清涼禅寺」の扁額。

こちらは・・梵字でしょうか?

井伊直政の墓

本堂参拝後は、

いよいよ、

井伊直政のお墓へと向かいます。

墓所の案内。

本堂左から坂を登って井伊家の墓所へ。

なんか、素晴らし石垣です!

打込み接ぎですね。

佐和山城の石垣も

流用したのかも知れません。

井伊家墓所を俯瞰。

井伊直政の墓。

関ヶ原の戦いで、

薩摩軍から鉄砲で撃たれた傷が元で

亡くなった直政さん、

最後まで家康さんの

「忠臣の鏡」とも言える人だたのでしょう。

合掌・・・。

帰りがけにお地蔵様にもご挨拶。

最後にツーショットで参拝は完了です。

今日のトイレ

境内の端っこにあるのですが、

小さな本堂(笑)くらいの

素晴らしい建物なのです!

なんと、格式高い、

入母屋破風ですよ!

そして、お寺らしい案内が・・・

「東司」

「とうす」と読んで、

お寺ではトイレ・便所の意味です。

やはり、

お寺には「東司」が似合います(笑)

 

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