2020/03/16

水天宮(福岡県久留米市)前編

 

京都で触発され水天宮へ

山崎城の散策の為に、

京都府大山崎町の

天王山へ登った5日後に参拝したのが、

福岡県久留米市に鎮座する水天宮です。

何故に京都と福岡が関係あるのか?

それは、幕末、水天宮の宮司で、

尊王の志士でもある

真木和泉守保臣ほか

全十七名が長州藩とともに

幕府・薩摩軍と戦った

「禁門の変」に敗れ、

最期を遂げたのが、天王山で、

その「十七烈士の墓」も

天王山山頂近くにあり

登頂途中、そこに参ったという繋がりです。

以前から名前は知っていたけど

足跡なども知らなかった

真木和泉守のルーツである

水天宮には、真木和泉守の銅像や、

神社があった事を思い出し、

改めて参拝する事を思い立ったのが、

筑後地方の旅でした。

参道の常夜燈

この日は朝から雨が降り続いて、

水天宮の散策中はずっと雨の中。

過去何回も参拝した事のある

久留米の水天宮ですが、

以前とは違った興味の巾も増え、

目の付け所も変わっている自分が、

何を見つけるのかが

楽しみの一つでもありました。

そして、その最初が、常夜燈で、

一の鳥居をくぐるといきなり

二対の古い常夜燈を発見。

「照めい燈」と読むのでしょうか?

真ん中の文字は、

宀に具と書かれていて、

今まで見た記憶がありません。

対になった参道左側の照めい燈。

火袋は後世に

取り替えたように見えますが、

宝暦十四年(1764年)

の寄進と江戸時代中期のものです。

次の天明五年(1785年)

寄進のものには、

通常の「常夜燈」と刻まれています。

参道左側の対になる方は、

笠部分の蕨手(わらびて)が

いくつか欠損するなど

傷みはあるものの、

台座に彫られた盃状穴が

しっかりと分かります。

そして、ここで気になる文字を発見!

「真木右門三臣」の文字。

調べてみるとこの方、真木和泉守の

三代前の宮司さんのようです。

軍艦千歳慰霊碑

参道右の一角にあるのが、

軍艦千歳(ちとせ)慰霊碑です。

水天宮の前を流れる筑後川は、

その昔、「千歳川」と呼ばれていて、

その名前が付けられたのが、

海軍の水上機母艦「千歳」で、

艦内神社の祭神が水天宮でした。

その後、航空母艦に改装されて、

昭和19年10月25日

レイテ沖海戦で、撃沈されています。

慰霊碑横に作られた、

航空母艦千歳のレリーフ。

今こうして、先人達の慰霊とともに

功績を称える石碑やレリーフまでが、

艦内神社として祭られた

本社に建てられることは、

あまり類を見ない

大変貴重なものかと思います。

真木神社

ここでのメインは、

やはりこの方、真木和泉守保臣。

略して真木和泉守と書いています。

真木神社社頭。

拝殿にて参拝。

主祭神は、もちろん、

真木和泉守保臣命。

そして、相殿には、

明治維新で国難に殉ぜられた一門、

門下生とともに、

天王山で殉ぜられた同志16人も

祭られています。

左が本殿、右が拝殿という

立派な境内社です。

山梔窩(くちなしのや)

真木和泉守の意見具申が

久留米藩主に怒りに触れ

謹慎させられた山梔窩と言う

小さな建物がここに再現されています。

本物は当時のまま残っていて、

今の筑後市、水田天満宮近くにあります。

(この後、僕たちは訪問しました)

案内。

超要約すると、

「謹慎させられた翌年、

山梔窩を作り、

そこで附近の師弟を教育し、

後には、平野国臣をはじめ

諸国の来訪もあり、

この山梔窩は尊王倒幕の

一大策源地となった。

幽居11年時勢の急追と共に脱出し

明治維新を目指し、

その中心的指導者として活躍」

このようになります。

裏側からも撮影。

メンテナンスも大変であろう

藁葺きの建物を見事境内に復元された

水天宮さんや崇敬者たちの偉業に

心から拍手です。

真木和泉守銅像

山梔窩の隣には、

真木和泉守の銅像があります。

初代の銅像は、戦中、

金属供出されていて、

現在建っているものは、

昭和43年、

真木和泉守没後100年を記念し

再建されたものです。

迫力満点のお姿。

案内の最期に書かれた

天王山での辞世の句、

「大山の峰の岩根に埋にけり

わが年月の大和魂」

先日、天王山に行ったばかりの

僕の心に染み込んで来ます・・・

ここが、歌に詠まれた

「大山の峰の岩根」である

天王山の「十七烈士の墓

と名付けられた

真木和泉守を含む17名の墓地。

真木和泉守の「大和魂」と共に、

ここに眠っています。

閑話休題、

話は水天宮に戻り、

一通り散策を終わった後、

真木和泉守顕彰区域全景を撮影。

左から真木和泉守銅像、

復元された山梔窩、真木神社。

今まで何度も来ているのに、

ここでこれだけ時間をかけたのは

初めてでした。(後編へ続く)

 

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