靖國神社(東京都)御社殿

 

偉業

靖國神社の境内を巡ると

尊い命をかけて国を守り、

我々にバトンを繋げてくださった

御英霊の方々とその周囲で

支えたの人々の偉業を

肌で感じられます。

それは、

「後世に伝えて行く」という

強い意志がそこにあるからこそ、

感じるのでしょう。

殺し合いの繰り返しが世界の歴史、

悲しいかな、

人は過去に学べないものですが、

やはり過去を知るだけでも

今をより良く生きられる可能性は

高まるかも知れません・・・。

大村益次郎銅像

靖國神社の参道のド真ん中、

一番目立つところにそびえ立つのが、

明治維新の立役者の一人、

天才マルチ人間(勝手に命名)、

大村益次郎の銅像です。

靖國神社の参道に入ると、

大鳥居の先に小さく

大村益次郎の銅像が見えています。

参拝者と比較すると、

台座も含めかなり高い事がわかります。

明治二十九年の銅版画で見ても

銅像は同じ位置にありますね。

ズームで撮影。

さらにお顔のアップ。

凛々しく、逞しく、

頭脳明晰といった面構えで、

いかにも切れ者そう!(笑)

銅像の下の案内板。

以下、文章の抜粋です。

「大村益次郎は文政七年(1824)、

周防国鋳銭司すぜんじ村(現山口県山口市)の

医者の家に生まれ、

はじめ村田蔵六といった。

広瀬淡窓について儒学を、

緒方洪庵について蘭学を学び、

嘉永の初め宇和島藩に仕えて

はじめて西洋式軍艦を設計建造。

さらに江戸に出て私塾「鳩居堂」を開き、

蘭学者、蘭方医、兵学者として

その名を高めた。

ついで長州藩に仕え、

慶応二年、第二次長州征伐の折に、

石州口の戰を指揮して

幕府軍を破り戦術家として脚光を浴びた。

戊辰戦争では

新政府の軍務局判事に任じられ、

大総督府に参じ東北の乱を平定。

ついで兵部大輔に任じられ、

建議して軍制を

洋式に改める事を主唱したため

攘夷主義者を刺激し、

京都出張中の明治二年(1869)九月、

不満士族に襲われて重傷を被り、

同年十一月大阪にて歿した。四十六歳。」

志半ばでの死は、

本人もさぞかし無念だったことでしょう。

そんな大村益次郎のお墓

故郷の山口市鋳銭司にあり、

僕たちがお参りしたのは、

6年近く前のことです。

左が大村益次郎のお墓、

右側が妻、琴子さんのお墓で

夫婦で隣同士仲良く並んでいます。

靖國神社に立派な銅像がある人物とは

想像がつかないほど

ささやかな佇まいに、

ある意味安らぎを覚えたのを

思い出します・・・

こちらは参拝後、

帰りがけに撮影した背中姿。

偶然にも益次郎さんの頭上に

月が出ていたのです!

何か持ってますね〜益次郎さん・・

いや僕たちが持ってるのか?(笑)

神門

さらに参道を進み神門へ。

癒されますな〜この光景。

二の鳥居手前。

巨大な燈籠が目をひきます。

大きさ比較のため、

海軍式敬礼で立つ妻。

燈籠の高さは10m以上かな?

鳥居をくぐり手水舎へ。

手水の前に神門を撮影。

手水舎。

手水する妻。

手水鉢の水面に映る緑、

これもいい光景ですよ!

神門へ。

神門から見た中門鳥居と拝殿。

どでかい扉と妻。

参拝

神門をくぐり拝殿へ。

中門鳥居と拝殿。

この左手前にあるのが、

今年の絵馬です。

靖國大絵馬。

愛知県の方が、

御祭神奉慰のため昭和53年から

奉納されているそうです。

参拝。

警備員さんに怒られないかと

冷や冷やしながら(笑)

拝殿斜めから撮影。

本殿背後には、

御英霊たちの御霊が

光っているかのように西陽が差し、

なんとも言えない厳かな光景に

しばし感動・・・

能楽堂

参拝後は能楽堂へ。

以前演武を見たこともある能楽堂。

そして、このすぐ右隣に立つのが、

開花シーズンには

テレビでよく見る桜の標本木です。

桜の標本木の前で、

今年の崇敬神社として

授与いただいた

靖國神社のお札を撮影し帰路へ。

神門前でツーショット完了。

外苑休憩所

参道を少し歩くと

左側に外苑休憩所が見えてきます。

なんか気になって覗いてみると・・・

「特攻の母 鳥濱トメの玉子丼

知覧より直送する本物の味

知覧富屋食堂ホタル館」

これを見てジーンと来た僕たち・・・

知覧特攻平和会館に行った時、

トメさんが出撃し散華した特攻隊員が、

ホタルになって

帰ってきたという話をしている

ビデオを思い出したからです。

東京で鹿児島の知覧を思い出すとは・・

やってくれますね、靖國神社さん!

「特攻の母鳥濱トメの玉子丼

会津そばセット」

この組み合わせ

これもたまらんですね!

戊辰戦争では賊軍とされ、

辛酸を舐めてきた会津の人々を

改めて感じてしまいます・・・

残念ながら食べることは

叶いませんでしたが、

この案内を見られたこと、

お店の方には感謝しています。

大村益次郎さんを見ながら社頭へ。

この後、平将門塚へと向かいます。

 

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