箱崎八幡神社(出水市)神門
記憶にございません
箱崎八幡神社への参拝は2回目。
前回は十数年前の事で、
二人ともその時の記憶が
全くないのです(汗)
夫婦揃って何も思い出せないなんて、
神様に申し訳ありませんが、
全部忘れていたため、
逆に新鮮な気持ちでお参りできたのも
また確かなこと。
まあ、これも良しとしておきましょう!
参道
駐車場から参道の起点まで戻り
回れ右して参拝開始。

「ツルの里出水」の
インパクト絶大なツルのオブジェ。
出水に渡来するナベヅルについて
Wikipediaによれば、
「世界の生息数はおよそ1万5千羽と
推定されており、鹿児島県出水市の
出水平野には全体の80〜90%にあたる
約1万4千羽が渡来し冬を越す」
このように記されています。
これで出水市が「ツルの町」として
大々的にPRしている意味が、
ようやく理解できました(笑)

恐らく実物大でしょうが、
この後、これを遥かに凌ぐ
巨大なツルに出会うとは、
この時まだ二人とも知りません・・

二の鳥居(多分?)。

神額は東郷平八郎元帥の謹書です。
この方の書は、
意外と多くの場所で見受けられます。
「東郷は運が良いから」という理由で、
連合艦隊司令長官に
なったりしていますし(諸説あり)
東郷さんは、
人受けも良かったのかもですね!

道路に並行して広い参道が続きます。

これは何かの遺構でしょうか?

三の鳥居(多分)。

お〜なんかでっかいツルが
見えて来た〜!

巨大だ〜!
恐らく日本一大きなツルでしょう。

ツルのポーズで笑顔の妻。
妻の身長が159cmなので、
ツルちゃんの身長は、4m以上かな?

江戸時代末期に奉納された燈籠。

ペルり(ペリー)来港時、
幕命で鹿児島から警備に行った
11人中10人が
無事鹿児島に戻れた事を感謝して
奉納されたと記されています。

御祭神は八幡神社の定番、
応神天皇と神功皇后、
それに武内宿禰です。
また、創建の由緒は2つあり、
超訳すると以下になります。
「島津始祖、忠久公が鎌倉より
山門院野田へ下向の途、
筑前博多の沖で逆風にあい難破寸前に、
筥崎宮に請願して無事だったため勧請し、
野田、名古浦、六月田と遷り
約500年前、この地に鎮座したという」
「弘安の役の時、島津久経公(三代)が、
筥崎宮に参拝、蒙古討伐に殊勲をあげ
凱旋の折、筥崎宮の神霊を
出水郷と吉松郷に勧請し、
国境の守護としたという。」
いずれにしろ
福岡の筥崎宮との関係が深いのは
間違いなさそうですね。

神門と手水舎。

随神様(阿形)

随神様(吽形)

成せば成る(鳴る)。
なるほど〜そう来たか〜(笑)
この時妻が一言、
「なんか私ずっと
上杉鷹山のこの言葉を
思い出していたんよ!」
やっぱり予知能力か?

直径3.4m 重さ5.0t。

平成十年十一月、
伊勢神宮御鎮座二千年、
今上陛下御即位十年、
神社本庁設立五十年記念として
竣工しています。

「鈴のこころ」
「鈴は古くから『鈴を転がす様」
「鈴を張った様」などの、
美しさを表現する言葉に
多く用いられており、
いかに鈴が人々にいとおしまれて来たかを
窺い知る事が出来ます。
また、
神楽で見られる神霊を振るいたたせ、
悪霊を祓う鈴や、
風鐸・馬鐸や矛に取付けて鳴らし、
悪霊や悪獣を追い払った鈴などの
故事から分かる様に、
昔から日本では鈴には
邪を祓う力が宿ると信じられております。
このように人々の生活に古くから溶け込み、
親しまれて来た鈴に長命開運の象徴であり、
鶴の里いずみならではの
鶴の親子が飛び交う姿をうつしとった、
誠におめでたい日本一の大鈴でございます。
この大鈴に響き渡る清らかな鈴の音を
心安らかにおききになりながら、
心願成就をご祈念下さい。
箱崎八幡神社」

大鈴(上)と撫鈴(下)

これを見ただけでも
ご利益満載でしょう!

素敵な鈴の音に大喜びの妻。

神門をくぐると
右側に気になる写真を発見。

「八幡神社のあゆみ」として、
右から左へ歴史の古い順から
神社の写真が紹介されています。

かなり興廃していますが、
宮司さんお後ろ姿が凛として、
まるで古武士を思わせるようで、
めっちゃカッコいいですね!

今の社殿を曳き工事している場面。

完成後、現在の姿です。
そして最後にあったのが、
驚きのお言葉です。

いや〜びっくりした〜!
妻がここにきてずっと唱えていた
上杉鷹山の有名なお言葉、
まさかラストを飾っているとは。
(続く)