老松天満宮(佐賀市)参道
お礼と事前調査
ブログからのご縁で、
「老松天満宮を守る会」の活動に
関わらせていただく運びとなり、
ご連絡をいただいたM様と
お会いする機会を得、
老松天満宮で合流する事に。
せっかくなので、
待ち合わせの時間よりも
1時間ほど早めに行き、
神様へお礼と事前調査を兼ねて、
老松天満宮をじっくり巡る事にしました。
久しぶりに訪問して思ったのは、
新たな発見が多すぎる事です(笑)
ただの参拝者目線と、
当事者目線との違いでしょうか、
やはり「目的がある」というのは、
充実感もマシマシですね!
一の鳥居
まずは参道へ。

大通りから即参道になりますが、
江戸時代以前は、
この数倍の長さが
あったかも知れません。

「奉寄進」の標柱。

一の鳥居は延寶七年(1679)建立。
江戸幕府は三代将軍家光の嫡男、
四代将軍家綱の時代です。
M様の情報によると
10年前の熊本地震で貫部分が壊れ、
新しくしたそうですが、
今回の地震では、
大丈夫だったのでしょうか・・

こちらは7年前、
令和元年(2019)訪問時の
一の鳥居です。
しめ縄がない分、文字も読めるし、
肥前鳥居特有の柱もよく観察でき、
建立年代等に興味津々な
鳥居愛好家の僕からすると
こちらの方が助かります(笑)
(しめ縄奉納した人ごめんちゃい!)

「老松天満宮」の神額。
額のひび割れは、
地震で落ちた時のものかもですが、
修復してくださった事自体が、
素晴らしいですね。
太鼓橋(石橋)
さらに進むと石橋が見えて来ます。

二の鳥居の手前の太鼓橋(石橋)。

明治二十一年の寄進(再築)ですから、
138年もの長い間、
参拝者に踏まれ続けているんですね(笑)
よく見ると左の四本の石は同じ幅で、
右はその2倍ほどの幅があります。
これは後から修復したものなのか、
どちらかが先代のものを
流用したものなのか、
あるいは、
日光東照宮の陽明門に1本だけある
逆柱(さかさばしら)や、
石段の継ぎ目とかでよく見られる、
完壁なものには不吉が宿るとの考えから
「全てを揃えない法則」が、
発動されているのかも知れません。
二の鳥居
次に二の鳥居へ。

正徳元年(1711)の建立と
こちらも歴史ある鳥居です。

7年前の状態。
ちなみに、
柱に沢山の文字を刻むのが、
佐賀県の鳥居の特徴の一つで、
この鳥居も類に漏れず、
漢文がびっしり並んでいます。

神額の文字は「天満宮」です。
猿田彦大神
二の鳥居の右手前に鎮座されているのが、
猿田彦大神です。

木々の陰に隠れ気味なので、
スルーしてしまいそう・・(汗)

再度僕をここに導いてくださったのは、
「導きの神様」である猿田彦大神の
御神威あってのものでしょう!
手水舎
参道だけでも見所が多く、
なかなか前進出来ません(笑)

二の鳥居をくぐると、
神社のシンボルでもある御神木、
クスノキの威容が迫ってきます。

花壇の花がお出迎え。

花一輪咲かせるのも
簡単ではありません・・・
育ててくれた方に感謝です!

手水舎。
7年前も紅白のタオルでしたが、
今も同じ紅白で、
日本人だからなのか、
なんとなく心が弾みますね!

手水舎傍の花壇。
狛犬・肥前狛犬
次にクスノキに守られるかのように
鎮座する狛犬たちへ。

この光景、何度見ても
狛犬好きにはたまらんですな〜(笑)

まずは、昭和時代の狛犬から。

吽形。

次に肥前狛犬。

同じ狛犬ですが、
見る角度で表情が違います。

対の吽形。

風化はしているものの、
こちらも角度が違えば、
かなり表情も違います。

こちらは一匹狼ならぬ、
「一匹肥前狛犬」。
相方がいないのです・・

正面から見ると口角が上がり、
笑ったようにも見えますね!

拝殿前で睨みを聞かせる
阿形の肥前狛犬。

吽形はちょっと優しいお顔です。

拝殿前から参道を見つめる肥前狛犬。
凛々しい後ろ姿にも惚れてしまいそう(笑)
(続く)