東大寺・中門(奈良市)

 

東大寺の全貌

夫婦で東大寺を巡るのは、

今回で三回目。

最初の訪問時は、

南大門大仏殿といった

観光の超目玉(笑)を見学、

二回目は、

東大寺ミュージアム転害門を見学、

そして今回は、正倉院鐘楼行基堂など

有名所&マニアックな場所を巡り、

最後に訪問したのが、

大仏殿の正面に建つ中門ちゅうもんです。

広大な境内の東大寺ですが、

三回目の訪問で、伽藍や遺構が

どのような位置関係にあるのか、

また、どんな時代の建物なのか、

何となく全貌を把握出来る所まで

頭が追いついてきた気がします(笑)

中門

行基堂などの訪問を終え、

猫段を下り、

東回廊へ戻ってきました。

大仏殿の東回廊。

この先の角を右に折れると、

中門が見えてきます。

南側の回廊と中門。

ここから黄金に輝く、

大仏殿の鴟尾しびが見えていますね!

中門を背にして南側には、

鎌倉時代の大仏復興時に建立された

南大門が見えています。

中門の正面。

中門向かって右側に立つ

兜跋毘沙門天像。

案内を書き出すと

以下になります。

兜跋毘沙門天とばつびしゃもんてん

持国天じこくてん(向側面)

大仏殿江戸再興期、

享保元年(1716)九月に至って、

大仏殿中門と南面の東西廻廊が完成し、

京仏師山本順慶が一門を率いて

中門安置の持国・多聞の

二天の一丈三尺の像を造立し、

同四年(1719)正月六日に

開眼供養が行われた。

毘沙門天は、

多聞天の原語に相当する音写で、

多聞天を独尊として祀るとき

毘沙門天と称するのが一般的。

仏教神話では四天王の内で

北方を守護する善神で、

福徳の名が遠く聞こえることから

多聞天ともいう。

本像は、西域の兜跋国(トルファン)に

化現したと言われる特殊な異形像で、

金鎖甲きんさこうなる鎧を着し、

三面立の冠を被り、

地天及び二邪鬼の上に立つ。

対面の持国天は東方を

守護する武神であるが、

かつて鎌倉期に復興された

大仏殿中門には、

現在南大門に安置されている

石獅子が奉安されていたことが、

鎌倉時代の

「東大寺造立供養記」に記されている。」

僕は最後のフレーズに注目(笑)

日本最古の狛犬(中国獅子)である

南大門の獅子は、大仏殿近くで、

大仏様を守られていたんですね!

ちなみに、こちらがその石獅子で、

宋(中国)から持ってきた石で、

宋の工人が造ったものです。

鎌倉期大仏復興の大勧進、

宋に留学していた重源上人の

「宋コネクション」の一つでしょう(笑)

持国天。

中門から大仏殿側を見ると、

目の前に賽銭箱が準備されていて、

ここから大仏様の遥拝が出来ます。

大仏殿。

年に二回だけ開く

「観相窓」をズームで撮影。

この扉の向こうに

大仏のご尊顔があります。

中門を後に・・・

大仏殿西側の回廊。

ここから北門近くの駐車場を目指します。

石仏群に参拝。

石仏群その2。

北門近くの駐車場に到着。

ここからは、近鉄奈良駅に建つ、

行基像へと向かいます。

 

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