曽於市埋蔵文化財センター
見た目と中身
海軍の岩川航空基地跡に建つ、
曽於市埋蔵文化財センターの建物は古く、
昭和の遺物のようにも見えますが、
人と同じで、
見た目と中身は違うもの・・
外見からは想像できないほどに
その内容は濃く深く、
パンフレットは最新版だし、
岩川基地に配備された芙蓉部隊の主力機、
艦上爆撃機「彗星」の実機の
一部分の展示もあり、
戦争遺跡好きにとっては楽園です。
ここを昭和の遺物などという奴は、
到底許せません!(笑)
パンフレット
パンフレットは、
昨年の令和7年(2025)、
戦後80年の年に発行されています。

表紙。
慰霊碑「芙蓉之塔」については、
明日のブログで書きますから
割愛するとして、
ここで気になったのが、
一番上の真ん中に写る
「後に語り部となった池田秀一上飛曹」
この人物です。
手間暇かけずにAIに聞くと(笑)、
この方は、
戦時中に彗星に乗っていて、
岩川基地で知り合った女性と、
戦後30年以上経ってから
結婚しています・・
お互い再婚で、
終の住処を「岩川」とされ、
毎年「芙蓉之塔」での慰霊祭に
参加されていたようです。
三四三航空隊(剣部隊)の源田司令も
部隊が産声を上げた松山で、
人生を終えられていますが、
戦争体験者にとって、
自分が命を賭して
生き抜いた「場所」というのは、
強烈な思いが宿るのかも知れません。

戦争遺跡の紹介。
ここに記された全部を巡る時間は
ありませんでしたが、
僕たちはこの後、
一番上に記されている「覚照寺」に
弾痕を見学に行きました。

「財部青年学校日誌」
当時、飛行場建設などの
奉仕活動ばかりの学生が書いた日記。
最下部に書かれた
「休みはほとんどなかった。
勉強はほとんど行わず、
奉仕作業ばかりであった。
これはこれで楽しかった。」
これを読んで、
きっとその後の人生も
謳歌されたのだと感じました・・
「これはこれで楽しかった」、
苦しい中にも楽しさを見つける、
これが出来る人は、
素敵な人ですよ!

「オリンピック作戦とは」
米軍の本土上陸作戦関連の記述です。
本土決戦になって、
「一億総玉砕」のスローガンが
実行されていれば、
僕たちは生まれることもなく、
今の日本もなかったでしょう・・・

「芙蓉部隊とは」
芙蓉部隊の「芙蓉」とは
「富士山」の別名で、
静岡県の藤枝基地で編成され、
彗星と零戦を使い、
夜間攻撃を行った部隊です。
最後は鹿児島の岩川基地から
沖縄へと攻撃に向かい、
その多くは、特攻でなく、
通常攻撃(生還の見込みあり)
だったそうです。

「昭和20年8月6日〜空襲の記憶〜」
空襲された場所が、
詳細に地図に記されています。

裏面。
この戦跡マップのお陰で、
いくつもの戦争遺跡を見学できました!
展示室内覧
埋蔵文化財センターに到着時、
他の来訪者はなく、
僕たち2人の貸切に(笑)

正面入口。
まだ、昭和の遺物としか見ていない
僕の姿がここにありました(笑)

奥にある屋根付きの
駐車場に停められたのが、
まずは見た目払拭の第一弾です(笑)
日差しが照りつける中、
日陰に車を置けるなんて、
奇跡的でしょう!

玄関から中へ。

ここで職員さん登場。
パンフを貰ったり、
遺品関連以外の撮影は
可能とお聞きしたりで、
「昭和の遺物発言」は、
かなり後退気味に・・(笑)

展示室内に入るといきなり
貴重な彗星の機首カバーが見えていて、
ここで例の暴言は、完全撤回です(笑)

彗星の紹介パネル。

「海軍艦上爆撃機『彗星』」
以下、全文です。
「単発複座式の高速艦上爆撃機として
設計された彗星は、
高速性能を得るため、
正面面積が小さく空気抵抗の少ない
液冷エンジン「アツタ」を採用している。
アツタは、ドイツのダイムラー・ベンツで
開発・製造されたエンジンを
ライセンス生産したものである。
徹底的に空気抵抗を減らす
配慮がなされた機体は、
零式艦上戦闘機並みの小柄さで、
爆弾を胴体に格納する爆弾倉、中翼構造、
引き込み脚やフラップなどは全て電動式、
特殊な計算機能を持つ照準装置等、
当時の最新技術を多数盛り込んでいた。
昭和15年11月に完成した
試作機(十三試艦上爆撃機)の
最高速度は551.9kmと、
零戦を凌駕するスピードを発揮、
更に航続距離も要求値を超え、
操縦性も良好であった。
その後改良が加えられ、
彗星一一型、一二型、彗星一二戊型等に
派生していった。
しかし、エンジンの不調や、
電気系統の譜動作、整備性の悪さ等、
非常に扱いにくく
敬遠されがちな機体であったが、
艦上爆撃機らしからぬ
高速性能は捨てがたく、
芙蓉部隊の美濃部少佐はそこに着目、
徹底した整備で稼働率を上げることで、
実績を挙げている。」

「引き揚げられた彗星」
以下、抜粋です。
「昭和20年、藤枝基地
(静岡県焼津市)での訓練中に
エンジン不調で焼津沖に不時着したものが、
昭和57年、引き揚げられた。
プロペラ部分は清浜基地にて展示され、
その他のパーツは、
ここ岩川にて展示されている。」

エンジン。

引き揚げられた彗星11型。

ここに展示されているパーツの紹介。

展示されているパーツの紹介・その2。
主に機種部分になります。

これは凄い!
7.7mm機銃口が付いた
前方部分のカバーですね!

別角度から。

エンジンとの境。

様々なパーツ。

綺麗に保管されています。

隊員が着用していた
ライフジャケットと飛行帽・ゴーグル。

ライフジャケットには、
「彗星夜戦 堀野」の文字も
しっかり残っています。

陶器製の手榴弾は、
有田焼もあったと記されています。

機関砲の部品。
ここまでで見学は終了です。
やはり、
ここの一推しは彗星でしょう。
パーツとはいえ、
ほんまモンを見られて本当に良かった!
今日のサプライズ
展示室入ってすぐ、
妻が雄叫びを(笑)
「見て、志免の立坑櫓がある!」

これはビックリですね。
まさか鹿児島で、
福岡県志免町の
立坑櫓を見る事になるとは!

こちらは昨年訪問した時のもので、
カレンダーと似た角度からの撮影です。
立坑櫓も海軍の施設でしたから、
岩川飛行場とは「兄弟」みたいなもの?
ここまで素敵なご縁をいただき、
益々「昭和の遺物」発言、
無かったことにしたい気分です(笑)