ホタル館(鳥濱トメ資料館)
心の支え
「特攻の母」と呼ばれた、
知覧町、富屋食堂の
女将だった鳥濱トメさん。
全国から知覧に集まった
若き特攻隊員たちの
「心の支え」となった方です。
隊員たちの話をじっくり聞いてあげたり、
若者たちが大好きだった、
玉子丼をふるまったり、
隊員の家族との架け橋となったり、
身を削っての献身ぶりには、
敬意しかありません・・・
以前、僕たちは、
知覧特攻平和会館の映像で、
トメさんが語る、
ホタルになって帰ってきた
特攻隊員のお話を聞いて
涙した記憶がありますが、
いつしか長い歳月が経っていました。
そして、2年ほど前、
靖國神社の参道にある
靖國八千代食堂の前で、
こちらの看板を見たのです・・・

「特攻の母 鳥濱トメの 玉子丼
知覧より直送する 本物の味」
「知覧富屋食堂ホタル館」
何も知らなかった僕たちは、
突然の出会いに驚いたものです。
ご英霊が眠る靖國神社に、
トメさんの玉子丼があるのですから。
この時、
「また知覧に行かなきゃ!」
そう思ったのも束の間、
またもや忘れていました(汗)
そして今年、
遂に再訪の機は熟したのです。
熟した理由は、
妻が戦闘機大好きになった事です(笑)
元々、前世が特攻隊員の妻(推定)ですから
戦闘機に興味を持つのは
時間の問題だったのでしょうが、
結果的に、
ホタル館への道も開けたという訳ですね。
ホタル館(外観)
B25墜落搭乗員慰霊碑を参拝後、
ホタル館へ。

無料駐車場、ありがたし!

市街マップを確認。
特攻関連以外の見所も多くあるようです。

麓川に架る永久橋を渡ると、
目的のホタル館が見えてきます。

「ホタル館」に到着。

ホタル館と駐車場を挟んで建つ富屋旅館。

ホタル館の正面。
以前の富屋食堂を復元し、
「ホタル館」という
資料館として営業されています。

「映画ホタル」の紹介。

手水鉢。

赤い郵便ポスト(投函不可)。
富屋食堂の看板の上は、
「こばた」じゃなく
右から読むので、「たばこ」です(笑)
そして、こちらの掲示物が、
僕と妻のテンションを爆上げする事に!

お〜「ねぷた」がある〜!
青森のねぷたが知覧でも
行われているとは、
正直ビックリしましたよ!

「ねぶた」じゃなく、
「ねぷた」という言い方と、
扇形のねぷたの形からして、
以前訪問した、弘前市のねぷたと
何か関係しているのかもと思って、
調べてみると、弘前市のお隣、
青森県平川市(旧平賀町)と知覧の
青年交流ときっかけとして始まり、
30年ほどの歴史があると
記されていました。

「トメさんのお手紙処」
トメさんが、
健在だった頃のものでしょうか?

「知覧からの手紙
想ひ結び処」
こちらも以前のものかな?

正面玄関から入館。
館内は撮影禁止なので、
入館券とパンフのみ掲載します。

入館券。

パンフ表面。
以下、案内の抜粋です。
「富屋食堂は特攻の母として慕われた
「鳥濱トメ」の食堂でした。
鳥濱トメの生涯と特攻隊員との
ふれあいの遺品・写真をおりまぜ、
今まで語られなかった真実の特攻隊員を、
トメの証言通り当時の場所に資料館として
トメの娘「赤羽礼子」、
トメの孫「鳥濱明久」が
復元致しました。
隣接する富屋旅館は、戦後昭和27年、
遺族を知覧に泊めるために
造られたものです。
館長 鳥濱拳大(トメの曾孫)」

パンフ内面。
館内では特攻隊員たちの
本音の遺書をいくつも拝見し、
中でも印象に残ったのは、
「上原良司大尉」の遺書です。
うる覚えですが、
日本の敗戦を予測し、
自由主義を唱え、
自分は死んだら天国に行くので、
靖國にはいませんとも書き綴りつつ、
国を思う気持ちに殉じた方です。
好きだった女性への
思いも遺書の文字に託していて、
真っ当な人間であることが
いかに難しかった時代かを
知ることが出来ます・・・
鳥濱トメさん地蔵
ホタル館の裏手には、
鳥濱トメさん地蔵が鎮座しています。

外観。

板壁に貼られた「トメ年譜」。
これを読むと、
幼い頃から筆舌に尽くし難い
体験をされている事がわかります。
「八歳 子守奉公に出される
(トメは辛酸をなめたと思われる)
「十五歳 警察署長宅に女中奉公に上がる
(トメは「耐える」という事を覚える)
拾った紙を使い習字の練習をする」
学校にも行けず、
わずか八歳から人の醜さ理不尽さの中で
自暴自棄にもならず
ひたすら誠実に生き抜いた経験こそが、
後の「特攻の母」像を作ったのでしょう。

阿吽ではないが、
両端にお守りのように
お地蔵様がおられます。

「水先案内地蔵」

「あなたの とまどい 迷ひを
今後 進むべき 道へと
案内して もらうと よいでしょう
「自分のできる 善き行ひを
積み重ねて ゆきなさい」
〜トメの語りより〜」
深いですな〜
「自分のできる 善き行ひ」
これで十分、
これさえ出来れば、
全てOKでしょう!

「愚痴聞地蔵」

「あなたが 人に
言えぬこと 言えぬ思ひ
ぐち聞きじぞう様に 話し
聞いてもらい 心を軽く
してみては いかがでしょう
「思いやりとは どこかちがう
想ひ合う心だよ」
〜トメの語りより〜」
こちらも素晴らしい!
「想ひ合う心」
共感します・・・

参拝。

「特攻隊員とトメが託したモノ」
「昭和二十年、この知覧から
四三九名もの若者達が
命を懸けて沖縄戦へと出撃し
帰らぬ人となりました。
彼等は、愛する人々のことを想い
後世の平和と幸福を願い
飛び立って征きました。
トメは、彼等を我が子のように可愛がり
「特攻の母」と慕われるようになりました。
この建物は、トメが「離れ」として
彼等の為に解放し、
出撃前の一時を寛がれていたお部屋です。
戦後は旅館の広間として受け継がれました。
トメは「ここにはねぇ・・・
生きれども生きれなかった人達が
訪れていたお部屋・・・
それぞれが何かを感じ、
明日を生きる力へと代えて欲しい・・・。」
と平和を願い語り続けました。
彼等はトメに
「残りの命はおばさんにあげるから・・・
おばさんは僕達の分まで
長生きして下さいね・・・
そして忘れないでください。」
と託されました。
トメは自らの手で観音様を奉り、
彼等への供養と感謝の心で拝み続けます。
平和を願い、語り続けたトメも
平成四年四月二十二日、八十九才で他界。
トメが守り継いで欲しいと
願い託したもの・・・それは、
彼等の想いが宿ったこの建物と
自らが拝み続けた観音様でした。」
トメさんのお気持ち、
ひししひと伝わってきます・・・
「明日を生きる力へと代えて欲しい・・・」
まさに核心はこれでしょう。
ホタル館、
来れて本当に良かった・・・