出水海軍航空隊/ボイラー室跡

 

人々の温かさを実感

出水海軍航空隊の遺構は多く、

2ヶ月前に訪問した時、

巡りきれなかった場所が、

いくつかありました。

その中から一つ選んだのは

「ボイラー室跡」です。

正直、ここを選んで、

本当に良かったと思います。

何故ならば、

ボイラー室前に造られた花壇の存在で、

「遺構を大切に守り、

戦争の事を後世に伝えていきたい」

こんな地元の人々の強い意志と、

郷土愛をダイレクトに

感じることが出来たからです。

人が関わるからこそ風化しない・・・

人がいなくなれば、

そこは無主の地に還ってしまい、

二度と戦争の傷跡を知る事は出来ません。

ボイラー室跡、

誰もいないのに、

人々の温かさを実感したひと時でした。

掩体壕

林喜重大尉慰霊碑を参拝後、

阿久根市から出水市に入り、

ボイラー室跡へ行く途中、

前回の旅で初訪問した

掩体壕に立ち寄りました。

先にトイレで用を足し(笑)

掩体壕へ。

何度見ても飽きません・・

荒削りなコンクリも確認。

妻はいつものように「敬礼!」。

花いっぱいプロジェクト

掩体壕から程なくして

ボイラー室跡に到着。

無機質な戦争遺跡かと思っていたら

めっちゃ綺麗ですね!

その訳はこちらでした。

「花いっぱいプロジェクト」

ボイラー室の壁には、

この取り組みが、

写真と案内で掲示されています。

以下、この中の5枚の

写真のキャプションを

抜粋していきます。

※人物名は○○としています。

■上段

鹿島さくら会活動参考資料

「私たちの住む鹿島自治会は

旧海軍航空隊出水基地の中に有り

数々の遺跡があります。

出水基地略図にさえマークされていない

旧ボイラー室の周囲は

鹿島さくら会の奉仕作業で

年に2回程度除草作業をしていました。

この場所の意味を理解せず、

元○○様宅の跡位の認識でした。

○○様の話で銃弾の跡が生々しく残る

戦争遺跡と知りました。

市老連から、

花いっぱいプロジェクトの話があり、

鹿島さくら会として

ここほど最適な場所はないと思い

花壇の場所に決定いたしました。」

■中段

「除草と瓦礫の片付けに着手、

路面は荒れており、

花壇には不向きと思いながらも

皆さんの熱意で錆びたトタンの除去、

大木の根を取り除く作業が進められ、

ゴミ袋だけでも数拾袋となり

大変な作業でした。」

■下段

「このゴミは

生活から出たゴミではないので

常識ではゴミステーションには出せません。

奉仕作業であっても捨てる場合は

料金が発生します。

草木は班のステーションに甘えましたが

他は○○様の配慮により

レンガ・金属と無料の処分出来ました。

全体のゴミの量は資料の数倍あり

この日だけでは処理出来ず、

後日有志で処分しました。」

■上段 ダンプの写真

「土と運搬は○○さんがやって戴きました。

すごい機動力です。

右・左側各々1台ずつ、しかも無料で」

■二段

「まず土をならし、いずみ園の協力で

「堆肥」を一輪車で約拾数台投入

いたしました。」

■三段

「耕運機で土と堆肥を混ぜ土壌作りです。

機材は全て○○さんが

奉仕で提供してくれました。」

■下段

「皆さんの協力で

見事な花壇が出来そうです。」

■上段

「花の植え付け

花の苗4種、各25本づつ計100本

低い姿勢での植え付けなので大変でした。

苗代は市老連の負担です。」

■二段

「3日前までの草山は跡形も無く、

見事な花壇に生まれ変わりました。」

■三段

「旧ボイラー室の家屋を

見学される方々を思って

入り口は恒久平和を願い

白い砂利を敷き詰めた。」

■下段

「植付け後は毎日、

水を掛けてはいたのですが、

1ヶ月後には枯れた花も多く有り、

レモンマリーゴールドを

4本自治会長が提供され、

会員の庭先の花も、

○○様で作った苗も植えられ、

一貫性の無い見事な花壇が出来ました。」

■上段

「花壇と側壁の間に

瓦礫を放置した区画が有り、

花壇からよく見えるのでここにも

花壇を作る事になった。」

■二段

「土入れ作業・肥料袋57個の土」

■三段

「歩道から花の奥に

瓦礫や木の根が見える」

■下段

「見事な第二花壇が完成した。

茂っているのは

レモンマリーゴールドです。」

「小さな花は役員さん達が

持ちよった手作りの花。」

■上段

資料5(ネモフィラ編)

「高齢化が進み草刈りなどの作業が

困難になりつゝある事を

見据え考えた結果、

ネモフィラの花が5年もすると

雑草を根絶やしにするとの情報を得て

実験的に特攻碑前に植えて見た。

種の直播機はことごとく失敗、

苗を作り植えても

思うとおりには生育せず、

草を掘り起こして苗を植えたら

何とか花を見ることが出来ました。」

■中段

「ついに開墾して植えました。」

■下段

「ネモフィラは見た事も無く

育て方が解らず○○様の機材を借りて

育苗・植え付けの取り組みとなりました。

気候が影響するのは解っていても

気温の管理に難があって

一喜一憂で楽しい取り組みを

進めています。

いつまで咲いているか

解りませんが特攻碑公園前を

通られたら細々と咲いている

花を覗いて見て下さい。」

もう言葉にならないほどの感動ですよ!

花壇を造るというその一つの行為が、

これほどまでに深く、

険しい道のりであったとは・・・

この日僕たちが見た花壇は、

地域の方々の汗の結晶、

ボイラー室が霞むくらいの(笑)

貴重な体験でした・・・

ボイラー室周辺散策

ようやくボイラー室の散策開始。

正面。

ここで妻が、

「あれ見て!面白い!」

そう言って指さしたのが、

こんな風景です。

レンガ壁のから顔を出した木。

確かに面白いけど、

これに気づく

妻の感性に感動です(笑)

案内には以下が記されています。

「現在は残っていませんが、

この近くに隊員達の

炊事のために作られたもので、

烹炊場(ほうすいじょう):兵隊の食堂)

がありました。

ボイラー室は2棟平行に建てられており、

その間に屋根が付けられ、

そこに石炭が貯蔵されていたそうです。」

向かって右側面。

この丸いのは井戸でしょうか?

かなりデカイですね!

石炭入れだったのかも?

背面の壁が、

戦時中感満載で、

いい味出してます。

よく見るとお手本のような、

「イギリス積み」ですね!

狭い通路から表へ。

窓の跡。

壁の銃弾痕の説明が

ちょっと悲しいものでした・・

「これは第二次世界大戦中に

米軍戦闘機から撃ち込まれた銃弾です。

他にもありましたが、

いつのまにかありません。

お心当たりの方は市役所または

警察署にお知らせください。」

平和な世の中だからこそ、

弾丸が珍しいのでしょう・・・

花壇に戻ってきました。

恒例のツーショットで散策は完了です。

 

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